あなたを襲う夜が来る(前)

「肉と野菜は積み込んだし、オーケー、準備万端だ」
車のトランクに大型のクーラーボックスを積み込んだカラ松くんが、バックドアを閉める。トランクにはボストンバッグとリュックが山盛りだ。
「朝ご飯はどうする?コンビニでパンでも買っていこっか?」
「高速入る前にコンビニ寄って、ついでにお菓子も買いたいな」
チョロ松くんの提案に、トト子ちゃんが頷く。他に足りない物はないか議論を交わしながら、彼らは後部座席に乗り込んだ。
「ユーリ、オレらも乗るか」
「うん」
「楽しみだな」
日差しを受けて輝く推しの笑顔、プライスレス。本日も貴重な新規絵を拝ませていただければ幸いに存じます。私は心の中で手を合わせた。
レンタカー店で借りてきたばかりの白いミニバン、その最後部座席に私とカラ松くんが座る。後部座席には十四松くんとトド松くんもおり、助手席は一松くん、そしてハンドルを握るのはおそ松くんだ。総勢八人が一同に介する。
「ハタ坊の別荘までは一時間半くらいだって」
トド松くんがスマホで地図を確認しながら、運転席に向けて声をかける。
「えっ、マジ!?そんな遠いの?」
「距離的には遠くないけど、後半は山道だから時間かかるみたいだよ」

六つ子とトト子ちゃんと私は、土日の休み───六つ子に休日の概念はないが──を利用して、ハタ坊の別荘に泊りがけで遊びに行くのだ。
先日カラ松くんたちとチビ太さんの屋台を訪ねた折に、ハタ坊に会った。この週末に最近買った別荘に行く予定だと言うので、暇を持て余す六つ子がここぞとばかりに同行者として名乗りを上げたのが顛末である。たまたま居合わせた私も誘われ、男所帯に紅一点では世間体がよろしくないということでトト子ちゃんにも声がかけられた。

高速に乗ってナビの示すルートへしばらく車を走らせると、進むにつれて窓に映るのは住宅街から過疎化した農村地へと移り変わる。並走する車の数も次第に減り、ついには末弟の言う通り山道に入った。山中の私道ではあるが、アスファルトとガードレールは移動に支障がない程度に整備されている。アップダウンの激しい獣道ではないのは有り難い。
とはいえ、ガードレールを越えた先にあるのは荒れた雑木林だ。管理のための小屋がぽつぽつと点在する程度で、人里からかなり離れたことを痛感させられた。
「ひたすら一本道かよ。こういうとこで土砂崩れでも起こったらひとたまりもねぇよな」
右手でハンドルを握り、左手で缶コーヒーを飲みながら、おそ松くんがお手本のようなフラグを立てる
「しかもこの先にあるのは、おあつらえ向きの大きな洋館だ」
腕組みをしたカラ松くんが、目を閉じながら言う。お前なに格好つけてんだ?
「嵐で帰れなくなった他人同士が集結し、和気あいあいとした雰囲気もつかの間、翌朝に転がる一つの他殺死体」
チョロ松くんは真剣な表情で、つけてもいない眼鏡を人差し指で上げる仕草。
「じわじわと広がる不安はやがて疑心暗鬼を誘発する」
感情のこもらない台詞が、一松くんの口から溢れる。
「この中の誰かが殺したんでしょ!?殺人者と一緒になんていられるか!ぼくは警察が来るまで部屋から出ないからな!」
十四松くんが拳を握りしめて思い詰めた顔で咆哮する。
節子、それ死亡フラグや。
「…せっかく休暇を楽しもうとしてたのに、こうなったら仕方ない。名探偵と呼ばれたこのボクが、真犯人を見つけてやりますよ!赤塚先生の名にかけて!」
仕上げとばかりに、トド松がスマホを前方──位置的におそ松くんの後頭部──に突きつけた。
赤塚先生に失礼が過ぎる。
「じゃあトト子は恋人を殺された悲劇のヒロイン役ね。ユーリちゃんは状況的に真犯人でしかあり得ないけど実は無実な容疑者役で」
何気にすごい重要な役どころなんですが、出演拒否は承諾していただけるのだろうか。巻き込み止めてください。




ナビに山道以外が映らなくなりしばらく経った頃、私たちはハタ坊が購入した別荘の前へと辿り着いた。
「わぁ、すごい豪邸!」
車内から邸宅を見上げ、私は感嘆の息を漏らした。視界に映るのは白い壁面の大きな洋館で、豪邸と呼ぶに相応しい面構えだったからだ。
高い塀と金属の門扉こそないが、玄関扉はアンティークなデザインの開き戸で、二階部の広いアーチ窓のバルコニーが出入り口の庇にもなっている。その両サイドには、二階建ての居住スペースが広がっていた。壁面やアーチ窓には細やかな西洋風の装飾が施されており、訪問者の目を惹き付ける外観だ。
敷地は学校の校庭数個分はあろうかというほどに広大で、建物は居住者が増えるごとに増築された形跡もあり、上空から見るとさぞかし入り組んだ形をしているに違いない。
前庭の芝生と植え込みはよく手入れされており、名前は分からないが真っ赤な花が咲き乱れている。

洋館向かって右側に屋根付きのガレージがあり、玄関前で私たちが荷物を下ろした後におそ松くんが車を停めた。車は私たちが乗ってきた一台だけだ。
「ハタ坊はもう来てるんだよな?」
一松くんがトド松くんに尋ねる。ハタ坊との連絡は、六つ子で唯一スマホを所持している末弟の役目だった。
「いるはずだよ、午前中に送ってもらうって言ってたし。呼んでみる?」
玄関扉の横にあるインターホンを押す。館内に響く音色にどことなく気品を感じてしまうのは、豪邸に気圧されている証拠だろうか。
心の平穏を求めるように何となくカラ松くんに一歩近づいたら、私の接近に気付いた彼は横目で私を一瞥し、少し微笑んだ。
「待ってたじょー」
数秒して、インターホンからハタ坊の声が返ってきた。目の前でガチャリと解錠音がするので、チョロ松くんがドアノブに手をかけて扉を開ける。

扉の先は、吹き抜けの玄関ホールだった。ホール両側から二階に続く階段が伸び、天井から下がるシャンデリアは私の身長ほどの幅はあろうかという巨大さだ。室内も白を基調をしており、今にもダンスパーティの幕が上がりそうな荘厳ささえ漂う。
「ようこそなんだじょ」
見慣れたオールインワン、揺れる旗。幼児のような背格好のミスターフラッグが、私たちを出迎えた。
「ハタ坊、今日はお招きありがとう」
トト子ちゃんが微笑む。
「部屋に案内するじょ。荷物を置いたらさっそくバーベキューの準備なんだじょ」
時刻は午後五時を回ったところだ。今から用意すればちょうど夕食時になる。食材と飲み物の入ったクーラーボックスは、玄関脇にひとまず置いておく。
「部屋はいくつあるんだ?
ユーリとトト子ちゃんは二人で同室だとして、オレたちは部屋数によっては組み合わせを決めないとな」
毎度必ず誰かが不平を唱える、魔のチーム分け──六つ子談──である。
「みんな個室あるじょ」
「え?」
「客室は二階に十個くらいあるんだじょ」
「あ、そ…そうなの」
質問者のカラ松くんをはじめとする全員が揃って拍子抜けした顔になる。広いと想定していたが、全員が個室を与えられるレベルなのは驚きだ。
そして当然客室の他に、リビングや応接間、浴室にトイレ、キッチンといった各スペースが存在するという。ドアの作りや周囲の装飾が異なるから判別がつくだろうとハタ坊は言うけれど、早くも迷子になる気しかしない。
「じゃ、各自好きな部屋選ぶってことで」
「りょうかーい」
おそ松くんの号令で、私たちは階段を上がる。
「…ユーリ」
最後尾だった私に、カラ松くんが耳打ちするように声をかけてくる。
「うん?どうかした?」
「ん、その…深い意味はないんだが……」
逡巡するように黒目が揺れた。

「ユーリの部屋、オレの隣にしないか?」

呆気に取られる私の様子を拒否として受け取ったのか、彼は慌てて両手を胸の前で振る。
「だ、だから、やましい意味はないからな!
今日は夜から雨の予報もあるし、こういう古い屋敷は音も響くだろうし、ユーリがもし風や雨音で眠れないならオレがすぐ子守唄を歌えるようにと、そういう───」
「そうだね。私もカラ松くんが隣なら、安心して寝れそう」
推しの寝顔は間近で拝めるに越したことはないが、壁を隔てた先で無防備に惰眠を貪る推しがいる構図も悪くない。何なら客間の壁になりたい。
カラ松くんの表情が見る見るうちに明るくなった。
「フッ、ドンウォーリーだ、マイハニー。レディに寝不足は大敵だしな。ユーリの安眠は誰にも阻めやしないぜ」
私の同意に歓喜したカラ松くんが一際大きな声を発した。当然数メートル先を行くみんなの耳にも届き、「隣り合わせの部屋開けとけよ、お前ら」とおそ松くんから指示が発令されてしまい、発案者が顔を赤らめるといういつもの展開になる。トト子ちゃんが呆れたように笑い、カラ松くんは他の兄弟から揶揄されつつ、各自客間に荷物を置いた。

その後私たちが通されたリビングは、玄関ホール同様に吹き抜けで開放感があった。南向きの窓は全て私たちの身長よりも高いアーチ型で、備え付けの暖炉の上には絵画が飾られており、手織りのペルシャ絨毯の上には本皮のソファと大理石のローテーブル。壁際に設置された棚はアンティークな年代物で、背表紙に英語でタイトルが書かれた蔵書が整然と収納されていた。触れるのも躊躇する豪華絢爛さだったが、六つ子は圧倒されつつも気安く家具に手を伸ばす。
「バーベキューは中庭でやるんだじょ。準備はできてるじょ」
リビングの掃き出し窓を開けた先に、バーベキュー用のコンロやテーブル、椅子などが人数分配置されていた。コンロの中には炭と着火剤もあり、火をつければ使用できるよう準備万端だ。
「今日はハタ坊の秘書とかお手伝いの人っていないの?」
十四松くんが周囲を見回しながら首を傾げた。そういえば、ここに辿り着いてからハタ坊以外の姿を見ていない。
「いないじょ」
「何で?」
「やりたいことがあって、みんなには帰ってもらったじょ。明日の朝迎えに来るんだじょ」
「あー、そういやそんなこと言ってたね」
別荘という単語だけ聞いて、体よく相乗りを希望したのが六つ子である。しかし、わざわざ僻地の豪邸に来てまでやりたいことというのは何なのだろう。
「ねぇハタ坊、そのやりたいことって───」
「あ、包丁とまな板発見。トト子とユーリちゃんで材料切るね。みんなは串に刺していって」
私の問いは、トト子ちゃんの高らかな声に掻き消された。チョロ松くんと一松くんがクーラーボックスから今朝買ったばかりの食材を出し、バリバリと音を立てて包装を解いていく。私たちの意識も自然とそちらを向いた。
「オレは火を起こしておこう。カットは頼んだぞ、ハニー」
カラ松くんが私の横を抜けて、中庭へ出る。夕方の涼しい風が吹き抜けていく。
「オッケー。トト子ちゃん、私どれ切ったらいい?」
長袖を捲くりながら、私も庭へ出た。

目を離した僅か数秒で、持ち込みのビール一缶を飲み干してほろ酔いになったおそ松くんの後頭部にげんこつを落とすカラ松くんを横目に、私たちはバーベキューの串の用意に取り掛かる。食材の大きさを揃え、串に通す食材は基本一種、多くても二種までにする。そうすることで、火の通りが均一になりムラが出ないのだ。持参した野菜もピーマンやしいたけなど、火が通りやすいものに厳選した。
私たちが食材に取り掛かっている間に、カラ松くんとおそ松くん──頭に大きなコブができていた──がコンロに着火し、炭を燃焼させるために内輪であおぐ。
「これくらいでよくね?」
「フッ…ファイアーイズレディー」
「うぜぇ」
おそ松くんは真顔で毒を吐く。分かる。
そんなこんなで各自が食べたい串をコンロの上に置き、焼けたものから好きに食べていく。日はすっかり暮れていたが、リビングから漏れる明かりとガーデンライトのおかげで手元は明るかった。
豪邸の中庭でガーデンチェアに腰掛けながら冷えたアルコール片手に食べるバーベキューという環境が調味料になり、素材を塩胡椒で焼いただけの串はご馳走だった。ソーセージにかぶりつきながら、私の頬は自然とだらしなく緩む。
「ご機嫌だな、ハニー」
隣の席に座りながら、カラ松くんが笑う。ビールを一缶飲み干したためか、彼の頬はほんのりと赤かった。
「そりゃね、楽しいもん」
「ユーリが楽しめてるなら、誘ってよかった。ハタ坊の金だからじゃんじゃん食べていいぞ
こういうとこほんとクズで清々しい。
「大浴場もあるらしい。トト子ちゃんとユーリが入ってる間は虫一匹侵入させないから、安心して入ってくれ」
風呂上がり、気絶した六つ子が転がっていないことを祈ろう
内心で両手を合わせたところで、私は改めてカラ松くんを見つめた。
「カラ松くんはおそ松くんたちと入るの?」
「へ?あ、ああ…そうだと思うが」
「一人で入ってくれても全然いいんだよ」
「ユーリ?」
「いつも銭湯でみんなと入ってるんでしょ?こういう時くらい一人ずつのんびり入る贅沢もありだと思うんだよね。
あ、別にカラ松くんがお風呂入ってるの覗こうなんて思ってないよ。全く思ってないから。ただ…うっかり忘れ物して、脱衣所で鉢合わせちゃう可能性はあるけど
「ユーリ」
低音の、私の暴走を静かに制する声。

「本人目の前にして堂々と犯行予告は駄目だろ」

正論で諭された。でもジト目美味しいです。あざます。
「風呂上がりの裸を見ちゃうっていう事故は、定番のシチュエーションだよ?」
「何の定番だ」
「見たい」
「…見せない」
カラ松くんの顔が次第に上気していく。腕組みをしながら放たれた拒否の声は、少し上擦っていた。もうひと押しで陥落しそうな気がするのは気のせいか。
「ユーリ、いい加減にしろ。そういうことはだな、せめて、こう……黙ってやるとか…」
黙って覗くならオーケー出ました。何ということでしょう。
「不言実行ならいい、と…」
「そ、そうは言ってないだろ!」
言いましたが?
言い返そうとして、私ははたと気付く。彼に不快な思いをさせないために事前告知をしておきたい私に対し、カラ松くんは立場上イエスとは言えないから実行するなら黙ってやってほしいのだ。そうすれば言い訳が立つから。事故だったと言えるから。通りで相容れないはずだ。
「…ふふ、そっかそっか」
だから、つい笑ってしまって。
「何がおかしいんだ、ユーリ」
カラ松くんに睨まれてしまう。
「私たちは同じなんだって思ったの」
だから時に磁石みたいに反発し合うのだ。向かっている方向は同じなのに。
私の言葉を飲み込めなかったらしいカラ松くんは眉根を寄せて、不満げに私を見た。

食事を終えた後は、火を消してコンロを軒下に移動させた。片付けは明日迎えに来るハタ坊の部下がやってくれるらしい。
それからは順番に大浴場で汗を流し、号令をかけたわけでもないのに各自が集まったリビングでひとしきり雑談をした。六つ子たちはお揃いの水色の、トト子ちゃんは淡いイエローのパジャマ、私はシャツとジャージパンツという格好だった。誰かが大きなあくびをした日付が変わる頃合いにおそ松くんが就寝を促して、お開きになる。
「明日の迎えは昼前だっけ?」
「じょ」
チョロ松くんの確認に、ハタ坊が頷く。
「ハタ坊明日予定ある?
この近くに牧場があるみたいなんだけど、せっかくだしみんなで寄ってかない?バター作り体験とか、乗馬体験もできるんだって」
「今夜雨の予報じゃなかったっけ?明日だと地面濡れてんじゃない?」
トド松くんの提案に、一松くんが渋い顔をする。前述したように、今夜は短時間ほどの雨雲が通り過ぎる予報だ。
「バター作りは室内だし、乗馬も落ちなきゃいいだけの話じゃん。どうせボクら暇なんだしさ」
トド松くんはソファの背もたれに腰掛け、肩を竦めた。
「トト子行きたーい」
「ハタ坊も行きたいじょー」
「じゃ、決定で。明日の予定も決まったし、今度こそそろそろ寝るか」
両手を天井に向けて、おそ松くんが大きく伸びをした。就寝の挨拶を交わして、ぞろぞろとリビングを出ていく。

私は最後まで残り、テーブルに転がった空の缶やつまみの袋を一纏めにしておく。散らかったまま部屋に戻るのが躊躇われたからだ。優等生を気取るつもりは毛頭ないが、豪邸のリビングにゴミを散乱させたままなのは気が引けた。
「ユーリ、オレも手伝おう」
そしてこんな時、カラ松くんは自然と私に倣ってくれる。
「ありがとう。缶とそれ以外に分けてビニールに入れておいてもらえる?」
「オーケー」
つまみが入っていたビニール袋を二枚彼に渡して、私はリビングのカーテンを閉めるため窓際に立つ。触れたガラスの向かい側に、水滴がついている。
「…雨?」
ガラスに付着する水滴の数は次第に増えて、ポツポツと地面に叩きつける雨音が室内まで聞こえてくるようになった。タイルの床に跳ねる水音が反響する。
「どうした?」
「雨が降ってきたみたい」
カラ松くんは私の横に立ち、窓ガラス越しに外を見やった。
「バーベキューの時に降らなくてよかったな。オレの日頃の行いがいいせいだろう。ウェザーを司る女神さえも微笑ませてしまう…オレ」
「何か不穏な気がしちゃうね」
「不穏?」
「古い館の夜ってだけで何か出そうな雰囲気あるでしょ。今まで誰が住んでたかも知らないし」
増改築を繰り返し、内装は近代的にリフォームされているとはいえ、築百年以上の歴史ある屋敷だとハタ坊が言っていた。居住者は幾度か入れ替わっているから、自然死や不慮の事故死以外の死が発生していないとも限らない。分からないから怖い、私の胸に巣食うのはそんな感覚だった。
室内を彩るインテリアは豪華で新しくても、建物自体が古いアンバランスさも不安を増幅させる。
「まぁ、少なくとも昼間におそ松が立てた殺人事件のフラグが回収されることはないだろ」
カラ松くんは私の不安を払拭させるように笑う。
「ここにいるのはオレたちとトト子ちゃんとハタ坊だけだ。鍵もかけてるし、防犯のセキュリティもしっかりしてる」
敷地内の至る所に設置されている防犯カメラは私も確認済みだ。外部からの侵入を検知すれば即座に警備会社に通報されるシステムになっている。玄関の鍵もディンプルキーとカードキーのシステムで、外部からの侵入は決して容易くない。
「うん、そうなんだけど、カラ松くんたちと一緒にいると自分の常識が通用しないからなぁ。こういうお屋敷なら、幽霊出てもおかしくないっていうか」
六つ子は怪奇現象ホイホイだから。
カラ松くんは何とも言えない複雑な表情をして、苦笑いを浮かべた。
「何も起こらないという確約はできないが───」
彼は体ごと私に向き直って。

「何が起こっても、今までオレがユーリを守ってきただろ」

見開いた私の目が、カラ松くんの瞳に映り込む。
「ユーリを危険な目に遭わせたくないし、そもそもそんな可能性がある場所からは遠ざけておきたいが…遭ってしまったなら必ず守る。これからもずっと、これまでしてきたように」
彼はいつだって確約を口にして、その約束を違えることはなかった。私を安心させるための嘘はつかない。
「や、ごめん、そんな大きな話のつもりはなかったんだけど…」
幽霊が出るかもしれないから寝るのがちょっと怖いな、くらいの些細な話だったのに。
「でもありがとう、カラ松くんにそう言ってもらえたら安心した。私もカラ松くんに何かあったら助けるから、遠慮なく言ってね」
「頼もしいな、ハニー」
「本当に助けるつもりはあるんだよ」
「…知ってる」
カラ松くんは目尻を薄く朱に染めて、微笑んだ。カーテンが閉められてもなお、外からは絶え間なく雨音が聞こえる。

「オレだって、ユーリには何度も助けてもらってきたからな」




その夜に私は、雨音で一度目を覚ました。建物自体が古いせいか、気密性や防音性は私が住むマンションにも劣る。ベッドや枕の寝心地がいいだけに、ザーザーと絶え間ない音が耳障りなのは惜しい。
寝返りを打つために体の向きを変え、再び意識が朦朧とし始めた頃に、廊下から足音が聞こえたような気がした。誰かがトイレに行ったか飲み物でも取りに行ったか、そんな推測が頭に浮かんだのと、意識を手放したのがほとんど同時だった。

次に目を開けたのは、部屋のドアがノックされたからだ。コンコンと控えめに叩かれる音が、私を現実へと引き戻す。枕元に置いたスマホをタップすると、時刻は午前三時。丑三つ時をとっくに過ぎた頃。
「…ユーリ、オレだ、カラ松だ」
私が声を出すより先に、訪問者が名乗った。確かにカラ松くんの声だ。心なしか切迫した空気を感じる。
「カラ松くん?」
「ああ、ユーリ…良かった。起きてるか?ここをすぐ開けてくれ」
今も降り続く雨の音色に掻き消されるくらい絞った音量にも関わらず、切羽詰まった声と分かる。それに、良かった、とは何に対する安堵なのか。
「えっ!?待って、ち、ちょっと、何でまたこんな時間に…」
寝起きで思考がままならない中での想定外の出来事に、声が裏返りそうになった。
「緊急事態だ」
ドア越しの声は鬼気迫る。まるで事態が飲み込めない。それでも私がドアの鍵を開けたのは、相手がカラ松くんだったからだ。
レバー錠を下に押し込んだら、待ち構えていたように外側からドアが引かれて、危うく前に倒れそうになる。カラ松くんが無言で室内に滑り込み、後ろ手で施錠した。
「カ───」
不平を唱える私の声は、彼が自分の唇に人差し指を当てたことで制される。緊迫した顔でシーってする推しの顔面の良さは言葉にできない。

その刹那、廊下でガシャンと何かが割れる音。

私はビクリと肩を上げる。陶器の花瓶が地面に叩きつけられ砕け散る、そんな音だった。数十メートルは離れた場所だろうか。それでも真夜中のけたたましい破壊音に驚愕し、ひ、と声が引きつる。
「…チッ」
背後を一瞥してカラ松くんが忌々しげに舌打ちした。
「悠長にしてる時間はなさそうだ」
彼は改めて解錠し、顔だけ出して外の様子を窺った。それから私の手首を掴み、外へと促す。
「ユーリ、とにかくこっちへ来るんだ」
有無を言わせない語り口で、私に拒否権なんてものはなかった