目指せ優勝!赤塚区大運動会(前)

「そういえばユーリちゃんはさ、大縄と玉入れに参加申し込みしといたから」

松野家でちゃぶ台を囲み、他愛ない話に花を咲かせていた時、唐突におそ松くんが私に告げた。共通認識内の決定事項と言わんばかりに。
「──は?」
話の脈絡のない、彼の意図がまるで掴めずにメンチ切る私をよそに、突然真顔になり口を閉ざす六つ子たち。状況説明を求めて視線を投げると、おそ松くん以外が一斉に目を逸らしたこいつら全員グルか。
何に参加するんだという質問は、もはや意味を成さない。大縄と玉入れと聞いた時点でお察しだ。
なぜ面子に含まれているのかとか、私の意向は聞かないのかといった、然るべき説明や手順をすっ飛ばして有無を言わさず巻き込むのが松野家クオリティ
「来週だから。一緒に頑張ろうぜ、ユーリちゃん!」
何を。
無邪気なおそ松くんの笑顔とは対照的に、私は苦虫を潰しまくった顔だった。




翌週の日曜日、天候は清々しいほどの秋晴れ。
さて、私は赤塚区内の小学校グラウンドで開催される行事に、強制的に参加させられていた。その行事とは───赤塚区大運動会。
赤塚区域をさらに細分化した、いわゆる町内会主催の運動会である。
松野家の六つ子たちも当然参加者に名を連ねている。それはまぁいい、奴らは暇を持て余したニート、たまの社会奉仕も必要だ。
そこに赤塚区民でもない私が参加する理由は単純明快、若い女性の参加者が極端に少ないからときた。へそで茶が沸くわ。
おそ松くんから事後報告で申し込みを聞かされた時は、六つ子全員の顔面にパイを叩きつけた後に土下座させようと本気で思ったが、参加種目が団体競技だけならと譲歩し、貴重な休日を使って参戦するに至る。

運動会といえば、紅白に分かれてのチーム戦だ。
私と松野家六つ子たちは白組で、白いハチマキを各自額に巻く。
おそ松くんたちはトップスを白い半袖シャツで揃え、ボトムスにはトレードカラーのジャージパンツ。一松くんに至っては普段着とさほど変わらない出で立ちだ。
「俺たちニートの、有り余る体力を見せつける時がやって来たな」
「フッ、ジャージ姿もギルティなほどイケてるぜブラザー」
「はぁー、何が悲しくてこの年で運動会なんて出なきゃなんないかなぁ」
おそ松くん、カラ松くん、チョロ松くんが三人で顔を見合わせる。やる気の有無が明白だ。
「途中棄権ってありかな?いやいや逃げるんじゃない、戦略的撤退ってヤツ」
「一番速いのはぼく!」
「どうでもいいけど、ボクの足だけは引っ張らないようにしてよね」
十四松くん、一松くん、トド松くんは端から自分本位だ。上三人よりも危険視しておくべきかもしれない。

「───っていうかさ」

おそ松くんが盛大な溜息を吐き出した。忌々しげに私を一瞥しながら。
「ユーリちゃん、その格好何なの?」
「え、何って…」
ウエストを絞ったタイトなロゴ入りのティシャツに、カーキ色の膝下丈カーゴカプリパンツ。動きやすさ重視の、何の変哲もない服装である。
チッチッと口許で指を振って、おそ松くんは声を荒げた。
「運動会で女の子といえば、短パンが鉄板だろ!揺れる胸と弾ける肢体に健康的なエロスがあって然るべきでしょうがッ!期待したぁ!
「期待したぁ!」
他の五人もおそ松くんに倣って叫ぶ。止めろ。
「万一にも転んで膝怪我したら嫌だからね。二十歳を過ぎてからの自己治癒力の衰えと、傷跡の残りやすさを侮るなよ

「いやでも待って、兄さんたち」
重大な事実に気付いたとばかりに、トド松くんが声をひそめる。
「どうした、トッティ?」
「ボクらは、ブルマの体操服が定番のAVに毒されてたんじゃないかな。
よく考えてもみてよ、ある程度隠されてはいるけど、タイトな服でユーリちゃんの体のラインが綺麗に出ててセクシーだ。服の中の聖域はボクらの想像力に託されてるんだよ──これって逆にエロくない?
「エロい!」
「天才かトッティ!」

深く頷く一同。本当止めろ。
「膝下からくるぶしまでの限定肌露出って案外イイね…性的嗜好変わりそう」
一松くんが私の足元を見てニヤける。
「ちょっと一松、そんな変態みたいな目でユーリちゃん見るのは───分かる。結構イイな
チョロ松くんも四男に倣って視線を下げた。
「そういう目で見ないで!散れニート村っ!まだ運動会始まってもないのに、何のプレイこれ!?」
両手で胸元をガードしながら、私は怒鳴る。

「みんなー!見て見てー、トト子の今日のファッション!」
這い寄るニートたちを蹴散すか否かという一触即発の張り詰めた空気を変えたのは、軽やかな足取りでやって来たトト子ちゃんだった。
チェリーピンクのシャツに桜色フリルのミニスカート、三分丈の短いレギンス。可愛らしさを全面に押し出した格好を、これでもかとばかりに見せつけにやって来る。
「今日も超絶可愛いよトト子ちゃん!」
「セクシーすぎる!眩しい太腿ありがとうございますっ」
突如表れた美貌の幼馴染に傅いて、トト子ちゃんを崇めるおそ松くんたち。様式美の、見慣れた展開だ。彼女にとって松野六つ子たちは、恋愛対象には未来永劫成り得ないが、承認欲求を満たすにはちょうどいい人材なのだろう。つまりは、都合のいい男たち

「──で、カラ松くんは崇め奉らないの?トト子様の御成だよ?」
彼は私の隣に立ち、他の五人が颯爽と駆けていくを無言で眺めていた。
「ん?…ああ」
カラ松くんは私を見つめて、柔らかな笑みを浮かべる。
「オレはユーリ派だからな」
「いつの間に派閥が」
トト子様と同列にされるなんて、何と恐れ多い。
それにしても、開会式も始まらない準備段階の時点で、平常運行で一通り騒ぎ倒してくれたニートたち。前途多難な予感しかしない。
「どうしたのーユーリちゃん、トト子の可愛さに度肝抜かれた?
あはは、と甲高く笑うトト子ちゃん。

平和って何だろうなぁ。




開始時刻の朝九時半、朝礼台前に紅白分かれて参加者が整列し、開会式が執り行われる。町内会長による挨拶から始まり、続く準備体操と選手宣誓。参加者は小学生から還暦過ぎの高齢者まで、延べ二百人は超える大所帯である。
ざっと見たところ、二十代三十代の割合が少なめだ。特にその世代の女性は一割にも満たない。六つ子たちだけでなく、区外の私に招集がかかったのも頷ける。
「それではみなさん、優勝目指して頑張ってくださいね」
司会者の声が、開幕の合図。
秋の赤塚区大運動会、決戦の火蓋は切って落とされた。

第一プログラムは二人三脚である。
松野家から参加するのは、おそ松くんとトド松くんの長兄末弟コンビ。
集合場所の入場門へ意気揚々と駆けていくのを微笑ましく見送っていたら、突如おそ松くんの大声が耳を貫いた。
「聞いてない!何でトド松とペアなわけ!?」
何事かと近付けば、参加人数が三十人近いにも関わらず、兄弟でペアを組めと指示されたことが腑に落ちない様子だ。隣に並ぶトド松くんも顔をしかめている。
合法的に女の子とイチャつけるからこれにしたのに!女の子じゃないなら俺参加しないよ!」
正直か。
「それが…松野家の方とは組みたくないという女性側からの嘆願書がありまして、申し訳ありませんがご了承ください」
「まさかの嘆願書」
トド松くんが無表情で呟いた。衝撃を通り越した虚無が彼を襲う。
「じゃあさ、もう年頃の可愛い女の子じゃなくて、既婚子持ちの熟女でもいい…っていうかむしろ熟女魅力に最近目覚めた派なんだけど、どうにかなんない?
──あ、てか俺にはユーリちゃんいるじゃん!ユーリちゃん、トド松とチェンジ!」
「ざっけんなクソ長男!ボクだってユーリちゃんとがいいに決まってるじゃん!おそ松兄さんがユーリちゃんと代われっ」
お前が代われ、いやいやテメーが代われ、とガン飛ばしながら対峙する二人を、案内役が背中を押して列へと強引に誘導する。

「おそ松くん、トド松くん、格好いいとこ期待してるよー!」
小競り合いは聞こえなかったことにして、私は応援席から二人に向かって手を振った。
「オッケー、見ててよユーリちゃん!」
「ボクたち頑張るねー」
私の営業用スマイル一つで二人はころっと態度を変える。松野家の童貞は相変わらずチョロい。

紅白合わせて四組が五十メートルの直線を走り、順位に応じて点数が付与される。
隣り合った足首を白い紐で固定して、おそ松くんとトド松くんがトップバッターでスタートラインに並んだ。黙っていれば決して見目は悪くない──見すぎてゲシュタルト崩壊してる気もするが──彼らが、腰を落として正面を凝視する姿は様になる。おそ松くんがスターターに何か確認しているようだったが、内容までは聞き取れなかった。
スターターのピストルの発砲音と共に、二人はいち早く地面を蹴る。
「とっととゴールしてユーリちゃんに褒めてもらうぞ!
リア充直視で目が潰れる前に終わらせるよ、おそ松兄さんっ」
掛け声もなしに揃う足並み。さすがは一卵性かつプレーンのおそ松くんを基盤にしているだけあって、息はピッタリだ。

途中、恥じらいながら身を寄せ合って歩を進める二十代男女ペアに素早く足払いをかけて故意に転倒させたりしたものの、他の三組に大きく差をつけて、圧倒的な速さでゴールする長兄末弟コンビ。
「私怨でリア充倒さないの!反則になったら一位取り消しだよ?」
さすがに他害は看過できず、ゴール先で仁王立ちになり二人に説教する。
「大丈夫だって、ユーリちゃん。二人三脚に『敵を倒すな』ってルールないの確認した上でやったから
からからと笑うおそ松くん。計画的犯行だったか。
「でもほら見てよ、一位だよ一位!褒めてユーリちゃん、格好良かっただろ?」
ゴールドのリボンをつけた胸を張り、おそ松くんは瞳を輝かせる。
「もー、そうやってすぐ話を変えて…」
まるで尻尾を振る犬のようで、憎めない。叱責すべく尖らせた唇も、すぐに緩んでしまう。

「一位おめでとう、よく頑張りました」
「へへ、とーぜん」
私がそう言えば、おそ松くんは誇らしげに鼻の下を指で擦った。




小学生以下対象の競技などを挟んで、私が参加する大縄のプログラムが開始される。
今回は、回し手が十メートルを超える長い縄を回す中に、男女が向かい合う形になるよう順番に入り、最後まで飛び続けられたチームが勝ちとなる。一つの大縄に入るのは、男女六人ずつ。
私と共に参加するのは、チョロ松くんだ。
「お互い先頭か…チョロ松くんが向かい側だと安心する、頑張ろうね」
「僕もユーリちゃんが前だと心強いよ。あいつらと一緒じゃなくて本当良かった」
あいつら呼ばわりされた六つ子たちはというと、レジャーシートの上で菓子を摘んでいた。
私とチョロ松くんは無言で拳を突き合わせて、互いの健闘を祈る。
ロープの左右に男女で分かれ、開始の笛の音と共に縄をくぐる彼の後に私が続き、私たちは大縄の中央で向かい合った。

自分の後ろに五人入ることを踏まえて、徐々に距離を詰める。
ジャンプ時に膝を衝突させない、けれど六人目が十分な余裕をもって飛べる立ち位置を、ぶっけ本番で判断するのは困難だ。かといって背後を振り返れば、間違いなくバランスを崩す。
「ユーリちゃん、もう一歩前に詰めて──そう、いい感じ」
「男性六人目が入ったよチョロ松くん…あ、意外に後ろはスペースあるっぽい」
だから私たちは、自分の背後を相手に託した。我ながらいいチームワークだ、さすがは推しを持つ同士、心通う所があるのだろう。
「あとは、飛び続けるだけだね」
紅白それぞれ二チームのうち、赤チームが一組、全員が入る前に足を取られて離脱している。
「スタミナ勝負か…僕が苦手なとこだな」
「私もそんなに自信ある方じゃないよ。でも負けるのは癪だし、本気出す」
そう言ったら、チョロ松くんはくすりと笑った。

「ほら、揺れてるって!」
観客席側からおそ松くんの声がして、私とチョロ松くんはそちらに目を向けた。
カラ松くんが自粛を求めるように首を横に振りながらおそ松くんの肩を叩くが、彼は鼻息荒く何かを抗議している。その背後では残り三人が、眉間に皺を寄せて長男を見つめる。
そうこうしているうちに、おそ松くんと目が合った。
彼は胸の下に手を当てて、両手でそれぞれボールを持つようなポーズを取った。意味を察したらしいカラ松くんは顔を赤くして、おそ松くんの頭を叩く。
「ハニーをそんな目で見るな、おそ松っ!」
「いやだから胸が超揺れてんだって!エロいじゃん、童貞殺しじゃん、見るしかないだろ!」

後で締めよう。

純粋に応援する気はないのかと顔を歪めれば、向かいのチョロ松くんが茹でダコさながらの顔で私の胸をガン見している。もう嫌だこの六つ子たち。
「ちょっと、チョロ松くんッ」
「あ!あの、いやそのっ…これはわざとじゃなくて、僕の目線の位置にちょうど胸があるっていうか」
「なら顔見て、顔!」
「こ、この状態で顔見ろとか公衆の面前で羞恥プレイ!?
正気の発言か。
私の動揺とチョロ松くんの極限状態を察したカラ松くんが、囲いのロープを跨ごうとする。私が制止の声を上げるより先に、おそ松くんが彼の肩を掴んで引き止めた。
「もうちょっと揺れてるのを見たい」
これ以上ないほど真剣な眼差し。
ツッコミよろしくカラ松くんの右ストレートがおそ松くんの顔面に決まる。よくやった次男。
後はチョロ松くんさえ正常に機能すれば、勝利への希望は捨てずに済む。

と思ったのも束の間───チョロ松くんが鼻血を噴出して、崩れ落ちた。

「チョロまぁぁぁぁあぁあぁつ!?」
叫んだのはカラ松くんだった。ロープを飛び越えて私たちの元へと駆け寄ってくる。
私は咄嗟に後ろに飛んで血を浴びるのは回避したが、当然チームは敗退。紅組に勝利を譲る結果になった。
「無事か、チョロ松?」
「僕を心配すると見せかけて、ユーリちゃんの肩抱いてんじゃねぇぞクソ松」
続いてやって来たトド松くんから受け取ったタオルで血を拭いながら、チョロ松くんが吐き捨てる。確かにカラ松くんは、私をチョロ松くんから引き離すように両手で肩を抱いていた。
「…あっ、こ、これはだな、ついいつもの癖で…すまん、チョロ松」
「いつも!?いつもユーリちゃんの肩抱いてんのかゴルァっ!」
「ち、違──」
いつもの癖で私を優先的に守ろうとした意味合いだったのだと思うが、釈明の時間は与えられず、カラ松くんはチョロ松くんから平手打ちを食らう羽目になる。この光景以前も見たな。

「ごめんねユーリちゃん、うちは上に行くほどクソ度合いが高いんだよね」
「知ってる」
トド松くんの苦笑を受け、私は間髪入れずに同意した。




チョロ松くんが顔を洗いに席を立つのと同時に、借り物競走参加者の招集を告げる放送が流れる。
「オレの出番のようだな──いいかオーディエンスたち、オレの想像を絶する神々しさに、サンシャインが二つに増えたと錯覚するなよ、オーケー?」
「とっとと行けクソ松」
「んー?」
一松くんに一蹴されて、不思議そうに首を捻るカラ松くん。
「はは、シャイなブラザーだぜ。
ユーリとブラザーたちに、一位をプレゼントするから期待して待っててくれ」
しかし気に留めた様子もなく集合場所へと向かっていく。ポジティヴだなぁ。

私はレジャーシートに腰を下ろした。十四松くんの横で菓子を頬張り、カラ松くんの順番が来るのを待つ。列の並び順からするに、出番は中盤頃になりそうだ。
彼は片膝を立てて腰を落とし、必死に借り物を探す走者たちの行く末を見守っている。端正な横顔だ。一般的に称されるイケメンとは違うけれど。でも。
「カラ松くん、勝つかな?」
「どうかな。脳筋でアドバンテージはあると思うけど、借りる物と、それ持ってる人を大声出して探せるかによるよね」
私が手にするポテトチップスの袋に手を突っ込んで、一松くんが答えた。
今まさに、金髪の人だのサングラスを持っている人だの、走者たちが借りたい物を叫びながらグラウンドを駆け回っている。
「カラ松兄さんはシャイ松だから、大声は難しいかもねー」
「シャイ?チキン松の間違いじゃね?」
十四松くんとおそ松くんは言いながら、クーラーボックスからペットボトルを取り出した。カラ松くんの自信とは対照的に、期待ゼロの控えチーム。

何気なく見つめていたら、カラ松くんと視線が重なった。一瞬驚いた顔をしてからふにゃりと筋肉を弛緩させて、嬉しそうに手を振ってくる。可愛すぎてヤバイ。尻尾を振る幻覚さえ見える。


ピストルの号砲と共に、カラ松くんが風の如く飛び出した。
持ち前の瞬発力と反射神経を遺憾なく発揮して、白線の引かれたトラックを颯爽と駆ける。他の走者を引き離して、真っ先に地面に置かれた封筒から用紙を抜き出した。
一瞬、彼が硬直したように見えた。僅かに目を瞠って、用紙に書かれた文字を凝視する。

そして次の瞬間、カラ松くんの目は私を捉えた。

袋の中から出したチップスを一枚口に運ぶまでの短時間で、彼は私たちの元へと向かってきて、私に差し伸べる左手。
「オレと来てくれ、ハニー」
白いハチマキの先端がひらひらと揺れる。
「え…は?なに、何て書かれてるの?」
「いいから早く」
どことなく気恥ずかしさを漂わせながら、カラ松くんが急かす。

「ユーリじゃないと──駄目なんだ」

真っ直ぐな眼差しには逆らえない。走者たちが続々と封筒を拾い上げ、借り物の名を呼び始める。勝利への貪欲さが反射的に腰を上げさせるから、私は彼の手を取った。
スニーカーを履いたままだったのは僥倖だ。
駆け出した私がカラ松くんの横に並ぶと、どちらともなく手を離して、ゴールに広がる白いテープを目指して走る。

借り物を手に背後に迫るライバルが視界の隅に入ったが、速度を上げたカラ松くんが改めて私の手を取り、追随する彼らを引き離してテープを切った。
ゴール先で待ち構えていたチェック係が、用紙に記載された借り物のお題と私を見比べて、「はい、オッケーですよ」とにこやかに微笑む。名実共に一位を獲得した私たち。
「わー、やったやった!一位だよカラ松くん!」
「グッドワークだユーリ!」
一位のリボンを受け取り、気分が高揚した私たちは軽やかにハイタッチ。

ほくほくした気持ちで客席に戻る道中で、私は気に掛かっていた疑問を口にした。
「でさ、結局お題は何だったの?」
「…えっ?」
カラ松くんはあからさまに動揺を見せた。不自然に目が泳ぐ。
「フ…フフン、ディテールを気にするのは野暮だぜ、ハニー。約束通り一位になったからノープロブレームでオールオッケーじゃないか、な?」
「そうだけど…」
用紙を受け取ったチェック係の笑顔が、どうにも釈然としないのだ。まるで微笑ましく見守るような、単なる勝利への賛美ではない何かを感じた。
「個人の主観に左右されるようなお題だった?」
例えば料理上手そうな人とか、友達が多そうな人とか。
「うーん、まぁそんなところだ。なぁユーリ…もう勘弁してくれないか?」
彼にしては珍しく、口を割らない心積もりらしい。心なしか朱に染めた頬を緩めて、彼の顔には苦笑が浮かんだ。
責め立てて強引に聞き出すのは好みではない。私は、分かった、と受け入れる。

不意に、ひらりと。
不規則にたなびく白い物体が目に映って、私は思わず振り返る。
二位の座を射止めた走者のお題を受け取る際に、チェック係の手元から溢れたそれは、表を上にして地面に音もなく舞い落ちて。
太く大きなフォントで書かれたその文字に、私は目を引き剥く。

『一番可愛いと思う女性』

ああもう。どうしてこうも、彼は。
いつも過大なほどの称賛や美辞麗句を並べ立てるくせに、肝心な時には言葉を濁して明かそうとしないのか。体中の熱が顔に集中して、カラ松くんの顔が見れない。気付かなかったフリを装えない。

「ん?どうした、ユーリ?」
「今すぐホテル連れ込んで泣かせたい…性欲メーター振り切った」
私が真顔で言い放つや否や、バックステップで大きく距離を取り、カラ松くんは臨戦態勢で構える。俊敏すぎる、忍びの者か。

「すまない…そのフラグを立てた覚えはない、バグだと思うから全力でへし折ってくれ
「えー無意識かぁ、凄まじい破壊力だなぁもう。童貞殿堂入りしてるのが不思議すぎる」
独白のように呟けば、異議ありとばかりにカラ松くんは反論する。
「待て、事情はよく分からないが、好きで記録更新してるわけじゃないぞ。新品は早めに卒業したい」
「新品、いい表現だね。そういえば、あと十年くらい童貞でいたら魔法使いになれるって噂があるけど、本当なのかな。どう思う?」
「魔法使い云々は真意を測りかねるが、年を追うごとに童貞こじらせていくのは間違いない。今だって色々手遅れな気がしてる」
「見慣れたAVは所詮、夢が詰まったファンタジーだもんね」
そういうしているうちにレジャーシートに辿り着き。

「お前ら、借り物競走の帰りに何で下ネタ談義になってるの?違う世界線から来た?
おそ松くんからツッコミが入った。




昼休憩を挟んで、午後の部が始まる。
手作りの弁当が食べたいと喚く成人済み六つ子の制御を面倒臭がったおばさんから軍資金を頂戴し、おばさんが主食のおにぎりを、私がおかずを担当して弁当を用意した。
休日の早朝から自分含めて七人分のおかず作りは、一日分の体力を消耗するに等しい重労働だったが、推しを始めとする彼らが奪い合うようにして頬張り絶賛する光景で、容易くチャラになってしまった。我ながら単純だとは思う。
「おいコラチョロ松、テメェさっきから唐揚げ何個目だっ!俺まだ一個なんだけどっ」
「細けぇな!だったら先に卵焼き食い尽くした詫び入れてもらおうか!?アァン!?」
「ごちゃごちゃうるさいな…ユーリちゃんの手料理ならもう何でも超絶有り難いじゃん、弁えろよ底辺ども
「タコさんウインナー、ウマー!」
「ほんっとユーリちゃんの手料理最高!あ、これSNSに上げてみんなに自慢してもいい?」
ポーズを決めてシャッターボタンを押すトド松くんの自撮りの背後に、兄弟がころぞって変顔で写り込む。末弟のリア充進撃ロードは全身全霊で妨害するお決まりの流れだ。結果的に自分たちの首も締めているのだが、果たしていつ気付くのだろうか。

「ハニー…この量、かなり大変だったんじゃないか?」
二人分のおかずを紙皿に取り分けて、カラ松くんが私の隣に並んで座る。
「大変だったけど、これだけ喜んでもらえたらお釣りくるかな。手料理食べてもらう機会なんてそうそうないし」
そこまで言ってから、カラ松くんの不服そうな表情に気付き、訂正する。
「──カラ松くんを除いて、ね」
回数だけでいえばさほど大きな差はないが、我が家に足を運んで、という濃厚な接触があるのはカラ松くんだけだ。
「フッ、そうだろうとも。ハニーの愛に溢れた手料理を食せるのは、選ばれし民のみ…っ」
「そんな大層なもんじゃないよ」
カラ松くんの戯言はさらっと受け流して、受け皿に載せられたブロッコリーの胡麻和えを一つ口に入れて、もう一つをカラ松くんの口許に寄せる。彼は反射的に口を開けて頬張ってから、咀嚼しながら目を剥いた。

「あーっ、兄さんとユーリちゃん、ぼくたちほったらかしてイチャつくの禁止ー!ぼくもアーンしてほしい!」
「ぶ、ブラザー…すまん、無意識なんだ…追求しないでくれ」
十四松くんに指摘されて、カラ松くんは片手で顔を覆った。耳が赤い。
「ああごめん、餌付けする感覚だった
憚らずもイチャつくかの如くアーンする格好になっていたが、他意はない。
「ならぼくも餌付けしてほしいです!」
「おれも」
「僕だって!」
そうして一列に並ぶ六つ子たち。こういう時の団結力には定評がある。
「うん、そっかそっか、してほしいかぁ──でもごめんね、散れ
私は餌付けがしたいのであって、餌付けされたい連中はいらんのですよ