松野家六つ子による災厄(前)

それは、あまりに突然だった。
「ユーリ、オレのブラザーたちに会ってくれないか?」
いつになく真摯な眼差しで懇願されて、私の思考は停止した。付き合ってないのに?というごくごく自然なツッコミさえままならないほどに動揺したのだ。


一時間前に遡る。
休日の午後、晴れ渡る青空の下で私は公園のベンチに腰掛け、カラ松くんを待っていた。
出会ってから数ヶ月、いつの間にか私にとって彼と会うのは習慣のようになりつつあることに、ふと気が付いた。
会わない週末だってもちろんあるのだ。ただ、そんな時は仕事帰りに軽く飲みに行ったり、チビ太さんの屋台で騒いだりしていて、何だかんだと週一で顔を合わせている。
時折、私に対する好意も遠回しに感じることがある。
嘘みたいだろ、これで付き合ってないんだぜ。
まぁそういう関係もあるさ、と開き直ったところで、私の視界の先に人影が映る。
「カラ松く──」
待ち人来たりと顔を上げて、私は言葉を失った。
「は、ハニー…遅くなってすまない…」
私の目の前に立つのは、砂場の上で高速ローリングでもしたのかと思うほど、髪は乱れて砂埃で汚れた姿のカラ松くんだった。両手を膝につき、息も絶え絶えに謝罪の言葉を口にする。
「ど、どうしたの!?」
魔王討伐した直後の勇者さながらの満身創痍である。しかし見たところ大きな怪我はないようで、肘や頬に小さなかすり傷がある程度だ。
「…撒いてきた」
「撒いた?」
スパイ活動でもやっているのか。

「ああ───ブラザーたちを

兄弟に追いかけられてなぜ傷だらけになるのか。互いにいい年した大人だろう、分別はないのか。というか、そもそも追われるほど何やらかした。
聞きたいことが多すぎてツッコミが追いつかない
「と、とにかくその怪我と汚れはどうにかしないと」
カラ松くんをベンチに座らせて、私はすぐ傍らにある水道でタオルを濡らした。適度に絞ってから、カラ松くんの頬に当てる。
「…いッ」
「ばい菌が入ったらいけないから、ちょっとじっとしてて」
聞きたいことは山程あるけれど、傷の手当てが先だ。傷口周りの汚れを濡れタオルで拭ってから、絆創膏を貼って応急処置をする。非常用に入れっぱなしにしていたのが功を奏した。
「ユーリ…」
「何があったかは、聞いてもいいのかな?」
そう訊けば、服についた砂を払いながらカラ松くんは頷いた。
いつになく深刻そうな表情で天を仰ぐので、私は息を呑む。彼の口からどのような真実が語られても、平静を保って最後まで聞こうと心に誓い、膝の上で拳を握り締めた。

「昼過ぎのことだ。ランチを終えたオレが出掛ける準備をしていると、ブラザーに聞かれたんだ、どこへ行くのかと。
カラ松ガールに会いに行くと答えたオレに、不審なものを感じたのだろう。部屋にはオレともう一人しかいなかったはずなのに、音もなく忍び寄る他のブラザーたちにいつの間にか囲まれていたんだ」
「……んん?」
まぁいい、聞こう。
「で───不覚にも人質を取られた」
「人質…」
「ハニーと水族館に行った時の写真だ」

子供か!

膝の上で握り締めた拳をツッコミにして、顎の下から盛大にぶち込んでやりたい衝動に駆られる。成人式済ませた大の大人たちが何やってるんだ。
「その後は命からがらブラザーたちから逃げてきたものの、写真はブラザーたちに奪われたままなんだ。奪還には、ある条件をクリアする必要がある」
そう言ってカラ松くんは縋るように私を見た。
嫌な予感しかしない。

「ユーリ、オレのブラザーたちに会ってくれないか?」




それから一週間後、私はカラ松くんの兄弟に会うために松野家の最寄り駅までやって来た。
手土産のケーキを抱えたまま、盛大に溜息を吐く。
本当はあの日これからすぐにでもと嘆願されたが、全力で拒否した。友人の兄弟──しかも全員異性──に突然会いに行くのは戸惑うし、六つ子というのもこの時点で初めて聞いた。
全員ニートでいつでも在宅しているから大丈夫と言われたが、成人男性六人全員ニートなんて、それ何ていう地獄絵図。度肝を抜かれる新情報入手後に、笑顔でサムズアップできるわけがない。
それでも翌週にはこうして赴くことにしたのは、大事な写真だから取り返したいんだと涙目になるカラ松くんに絆された結果である。
深く考えずとも、私が彼の兄弟に会う道理は何一つない。単に好奇の目で晒されに行くようなものだ。

やっぱり帰りたいなと後ろ向き思考になったところで、カラ松くんが私の元に駆けてくる姿が見えた。
「今日も一段とキュートだぜ、ハニー。待たせてしまって、すまない」
「おはよう、カラ松くん」
「…ブラザーたちのことも、本当にすまない」
「止めてよ決心が鈍る。貴重な休日に神経すり減らしに行くんだから、この埋め合わせは必ずしてもらうからね」
もちろんだ、とカラ松くんは首を縦に振った。埋め合わせという言葉に、妙に嬉しそうなのが腹立つ。
「埋め合わせは当然だが、今日は必ずユーリを守る」
「まも…」
待て待て、私が今から行くのは一介の友人宅のはずだ。来客にかける言葉じゃないぞそれ。
「オレの身を犠牲にしてでもハニーの身の安全は保証するから、安心してくれ」
不穏なワードしか出てきてない。
私は何をするためにどこへ行くのだったか。全てが曖昧になっていくような感覚がして眩暈がした。


松野家の前に到着する。町中にある、テナントビルに挟まれている何の変哲もない一軒家だ。
玄関の引き戸を開ける前に、カラ松くんが私に忠告する。
「家の中では、できるだけオレの側にいてくれ」
血に飢えたモンスターでも待ち受けているのか。レベル上げしてから出直した方がいいのでは?
「えっと…中にいるのって、カラ松くんの兄弟だよね?」
怪物や妖怪退治の方がよっぽどイージーモードだぜ、ハニー。だが…ユーリに危害を加えるほどブラザーたちは外道じゃないさ」
そう願いたいところだ。
カラ松くんが玄関の戸を開ける。私は大きく深呼吸して、彼の後ろに続く。
戸車の音を聞きつけてか、玄関の上がり口の奥にある障子がピシャリと勢いよく開いた。思わずびくりと肩が上がる。

私を出迎えたのは、同じ顔をした五人の青年だった。

いや、正確を期すならば六人か。カラ松くんと同じ顔が五つ、いずれも目を瞠って私を凝視する。服は全員同じようで色とボトムスが違う。ひょっとして、互いにそれで見分けているのか。
「あ、あの…」
私が何か言う前に、兄弟が畳み掛けてきた。
「ちょっ…マジで実在してたのかよカラ松!ネットから拾ってきた画像との巧妙なコラだって信じてたのに裏切られた!オレのピュアな心返して!
「え、いや待ってよ、写真よりよっぽど綺麗な子じゃん!カラ松は痛い割に無害な奴だけど、あくまで無害なだけで、プラスの要素は皆無なのにっ」
赤いシャツの青年は床にひれ伏し、緑シャツの彼は早口でまくし立ててきた。
「…クソ松自害しろ」
「わー、女の子女の子!いい匂いするね兄さん!」
紫は毒を吐き、黄色は焦点の合わない目で両手をくねらせる。
一癖も二癖もありそうな濃厚な面子が勢揃いだ。早くもSAN値がガリガリ削られていく
「初めまして、ぼくトド松。今日は来てくれてありがとう、これからよろしくね」
かと思いきや、ピンク色をまとった一番幼気な青年はにこりと愛嬌のある笑みを浮かべて、私に右手を差し出してきた。
良かった、まともな人もいそうだ。そう思って私も手を差し伸べようとした、その時。
「おいトド松!何シレッと抜け駆けして自分だけいい子ちゃんぶってんだよ!そういうとこお兄ちゃん嫌いだな!」
「一番腹黒いくせにホント抜け目ないよね、控えめに言ってクソ
赤と緑がピンクを詰る。
ピンクの青年は傷付いた様子で俯くので、何もそこまで言わなくてもと口を開きかけたが、直後に私は見た。彼が大きく舌打ちするのを。


「いい加減にしないかブラザーたち、客を玄関で立たせてていいのか?」
カラ松くんの鶴の一声。
五人は渋々といった体だったが、兄弟間に向ける爪を隠して私に向き直る。
「は、初めまして、ユーリです」
カラ松くんと同じ顔が目の前に五体は圧巻だ。ただでさえ成人男性が横に五人並ぶと存在感があるのに、顔だけでなく身長や体格に大きな差がないのも、一際圧倒される理由の一つだろう。
「あの、これ、うちの近所にある美味しいケーキ屋さんのケーキです。今日はお招きありがとうございます、良かったらみなさんでどうぞ」
営業用スマイルを作って、私の目の前に立っていた、長兄と思われる赤いシャツの青年に渡す。
「お、やったおやつゲット!サンキュー、ユーリちゃん」
「…天使やでぇ」
「一松兄さん、心の声だだ漏れですがな」
紫と黄色の語りがなぜか関西弁。
助けを求めるようにカラ松くんを見たら、彼は苦笑いを浮かべていたが、兄弟のやりとりを眺める双眸には愛しささえ溢れているように感じられた。
「ユーリ、上がってくれ」
「あ、うん…お邪魔します」
カラ松くんに促されて、式台に腰を下ろして靴を脱ぐ。
「えぇッ、カラ松兄さんユーリちゃんのこと呼び捨てなの!?付き合ってないって話だったけど本気で言ってる?いつリア充にクラスチェンジしたの?
「トト子ちゃんですらちゃん付けなのに、抜け目ないな」
ピンクと緑がカラ松くんに刺々しい視線を向ける。
トト子というのは、初めて聞く名だった。

「───チョロ松、せっかくだしこれ食べようぜ。コーヒーも用意してくんない?」
手土産のケーキを押し付けられた緑はチョロ松という名らしい。チョロ松と呼ばれた彼は、仕方ないなぁと呟いて部屋の奥に消えていく。
そしてその場に留まった赤いシャツの青年は、含みのある笑みを浮かべながら、式台から立ち上がる私の手を取った。
「なぁなぁ、ユーリちゃん。カラ松なんて止めて俺にしない?」
「はぁ?」
同じ顔して口説くのは勘弁してくれ。しかし注意して見れば、声と表情はカラ松くんより軽快だ。
「六つ子だから顔も一緒だしさ。コミュ力と女の子楽しませるスキルなら、ぜってー俺の方があると思うし」
「いや、止めるとか止めないとか以前に、私は…」
「知ってる、付き合ってないんだろ?なら余計ちょうどいいじゃん」

「───おそ松」

カラ松くんが私と彼の間に割って入る。いつになく低い声。萌える。
これが私のために争わないで展開というやつか。まぁ別にどうでもいいが、いつになったら部屋に上がれるのだろう。玄関での攻防がやたら長い。
「ユーリを怖がらせるな」
「何だよ、そうカッカすんなよカラ松。場を和ませるためのお茶目な冗談じゃん」
「お前が言うとジョークにならないんだ」
カラ松くんの意見には同意する。おそ松と呼ばれた彼とは冷静に向かい合ったつもりだが、本気なのか冗談なのか判断がつかなかった。
「ボクら、カラ松兄さんに女友達ができたって聞いて、どんな子なのかぜひ会ってみたかったんだ。でも急でビックリしたよね、ごめんねユーリちゃん」
さぁ遠慮せず上がってと、トド松くんが奥の部屋へ案内してくれる。
カラ松くんは、私の後ろから黙ってついてきた。




通されたのは、松野家の六つ子が日常的に過ごしているという居間だった。部屋の角にテレビが一台と、中央に円形のちゃぶ台が置かれている。
ちゃぶ台を囲むように六つ子たちが思い思いに腰を下ろす姿は、何か和む。
私のために用意されていた座布団を有り難く受け取り、案内された上座に座る。カラ松くんは私の右隣に座った。
その後一通り自己紹介を受けたが、何せどれも同じ顔なので、一度名乗られたくらいでは色と名前が一致しない。
ひと目で判別がつくのは、十四松くんだった。袖が異常に長くて、言動がやたらフワフワしている。明るい狂人と称されていたが、その通り名がこれほど似合う人物もいるまいて。

「でもユーリちゃんみたいな子と友達だなんて意外だなぁ。
カラ松、お前女の子の趣味変わった?」
おそ松くんがからかうようにカラ松くんを肘で小突くが、カラ松くんは何のことかまるで分からないとばかりに首を捻った。
「そうだね。だってカラ松兄さんの好きなタイプって、年上でグラマーで気の強い人でしょ?」
スマホ片手にトド松くんが笑う。松野家で唯一スマホを携帯し、各種SNSにも精通しているのが自慢らしい彼。先ほどアカウントも聞かれた。
なるほどと私は内心で頷く。うん、何か分かる気がする。
「ブラザーたちとそういう話をしたことがあったか?」
しかし当の本人はとんと思い当たる節がないらしく、しきりに腕組みをして唸っている。コーヒーとケーキを運んできたチョロ松くんが、助け舟とばかりに答えた。
「ああ、そりゃみんな知ってるよ。だってカラ松秘蔵のAVシリーズって大体魅惑のお姉さん系───
「わああああああああぁぁぁああぁッ!」
カラ松くんの叫びが轟いた。
テーブルに置かれたコーヒーカップの中身が揺れて、波紋が広がる。
「なっ、なぜそれを…ッ」
「あれで隠したつもりなんだもんなぁ」
顔を真っ赤にしてどもるカラ松くんとチョロ松くんの攻防を興味深く眺めていたら、不意に背中を叩かれる。振り返ると、背中を丸めた一松くんの仏頂面が近い。
「ほら、これ…」
す、と差し出されたのは、魅惑のお姉さんシリーズのパッケージたち。セクシーな流し目で誘いつつ、溢れんばかりの豊満な胸を手のひらで隠す仕草は、同性でもドキリとする。
思わず、おおう、と声が出た
「すごい、これが…」
「あんさんも物好きでんなぁ」
「いやいや、一松くんには構いませんよ。おお、このウェーブヘアのお姉さんは、特に使い込まれた感があって───」
「ハニイイイイィイィィッ!」
カラ松くんは叫ぶのに忙しい。

「一松っ!ユーリにそういうのを見せるのは止めてくれ!」
一松くんと私の間に割り込んで、カラ松くんは床に散らばったDVDを回収する。私は彼を安心させるため、彼の肩を優しく叩いた。
「大丈夫、下ネタズリネタどんと来いだから。これくらい全然序の口、シラフでも余裕レベルだよ」
「いや逆に辛い!オレの性癖ネタにされるのは心折れるから止めて!」
あ、これ素だ。
下手に照れて拒絶反応を示すよりはよほどフォローになると思ったが、傷を抉ることもあるようだ。
「まぁ、好きなオカズと好きなタイプって全然違ったりするよなぁ、知らんけど
「分かる分かる~、単なる性欲解消と恋愛は全然違うもんねぇ。
カラ松兄さんもユーリちゃんには、そうなんだよね?」
おそ松くんが指先で鼻を掻きながら言い放った適当な台詞と比べると、十四松くんの言葉にはどこか説得力がある。
「んんんっ!?な、何のことだマイリル十四松?
オレとハニーは…別に、そんなんじゃ…っ」
「そうなの?じゃあユーリちゃん、今度ぼくとデートしようよ!」
「それは許さん」
間髪入れず、カラ松くんは真顔で却下する。


「何だよカラ松、ノリ悪すぎ。調子狂うなぁ、もう」
おそ松くんが唇を尖らせた。
「トト子ちゃん相手の時は、全員揃ってアプローチするのに全然抵抗ないじゃん。
超絶可愛い姿を間近で見せてもらえるだけでご褒美みたいな感覚だったくせに、ユーリちゃんの場合は俺たちのお触り禁止って何それ、マネージャー気取りかよ」
ちょっと待て、私の推しに推しキャラがいるのは聞き逃がせない
「トト子ちゃんって?」
「俺たちの幼馴染みたいな子で、マドンナ的存在の超可愛い子!今はアイドルやってるんだぜ。
今まで色んな女の子に会ってきたけど、何だかんだで結局トト子ちゃんが一番可愛くて、俺たちのことも分かってくれてて、離れられないんだよなぁ」
「ほら、この子だよ」
トド松くんがスマホで写真を見せてくれる。
ツインテールとカチューシャが印象的な可愛い女の子が、裏ピースを作ってカメラ目線で笑顔を向けている。彼女の背後で、トド松くん以外の松野家兄弟が死屍累々の如く積み重なっているが、そこはスルーすべきなのか。
「へぇ、みんなこういう子が好みなんだ」
素直な感想で、他意はなかった。六つ子全員が首ったけになるのも頷けるほどの美人だ。
「ユーリ、違───」
「でもユーリちゃんも可愛いし、せっかくの縁だし、もっとお近づきになりたいんだよね。
まずは俺たち六つ子と友達からってのはどう?」
カラ松くんが何か言いかけた上に、おそ松くんが被せる。
「友達になるのは大歓迎。こちらこそよろしくね」
にこりと微笑んで了承すれば、おそ松くんは鼻の下を指でこすった。ガキ大将が照れ隠しにするような仕草で、悪い印象はない。
「ユーリちゃんと友達になれるのは嬉しいけど、おそ松兄さんのその言い方は不安要素しかないなぁ。まずは、って何だよ。何も下心がないといいけど」
「うっせーチョロシコ松。下心の膨張率はお前が一番高いの俺は知ってるんだぞ」
「誰がチョロシコ松だ!どストレートにエロトークかまして女の子ドン引きさせるのがデフォのエロクソ長男に言われたくねぇよ!」
「一見紳士面して、頭の中ではドエロ展開させてるむっつりよりは清々しいだろーが!」
長男と三男が互いに胸ぐらをつかみ合い、ガンを飛ばす。他の兄弟が誰も制止しないところを見ると、いつものことなのか。

何だコラやんのかコラと罵り合う二人の隙間を掻い潜るように、カラ松くんが私の傍らにやって来る。
「ち、違うんだハニー。
トト子ちゃんは、何というか、昔からの憧れで…今は、ユーリがいるから、その…」
歯切れが悪い。適切な表現ができず苦戦しているようなので、助け舟を出す。
「トト子ちゃんは、アイドルみたいな感じってこと?」
「…そ、そうなんだ!」
必死に弁明しなくてもいいのに、と私は吹き出しそうになる。
「───ヒヒッ、果たしてそうかな?
トト子ちゃんにおれたち全員が個別に呼び出された時、バスローブ着てワイングラス揺らしてたクソはどこのどいつだったかな…」
不覚にも吹いた。
一松くんの不意の一撃がツボに入ってしまった。いつの時代のトレンディドラマだ。
「あははっ、何それ!カラ松くん気合い入れすぎ!」
「あわよくばワンナイトを期待するのは分かるけど、バスローブで寝室待機は通報案件だよねぇ」
「クソ松がクソ松たる所以だよな」
四男と末弟に散々な言われようだ。案の定、カラ松くんは涙目で肩を震わせている。
「ま、まぁまぁ、ほら、私は全然気にならないからさ。チビ太さんのとこで聞いた話と同じで、マイナス印象は全くないよ」
「えっ!?ユーリちゃん、カラ松とチビ太の店行ったの!?」
チョロ松くんと喧嘩していたはずのおそ松くんが反応した。本当忙しないな松野家の六つ子たちは。
しかしその騒々しさのおかげで、体が強張るほど全身を駆け巡っていた緊張の糸は、いつの間にかすっかり解れていた。