たまには病もいいもんだ

違和感は、音もなく足元に這い寄る混沌だ。
小さな綻びは次第に拡大し、浸透して、気が付いた頃にはもう元には戻れない。

休日の昼下がり、三連休の初日とあって街は人で溢れている。
かくいう私は、カラ松くんを誘って今話題のコメディ映画を観に行ってきたところだ。
公開二週目と連休が重なったためか、座席は八割方埋まっていて、時折シアター内から笑い声が上がるのもご愛嬌。私とカラ松くんも、上映中に何度か吹き出したくらいに楽しめた。

「面白かったね!」
ポップコーンの空箱と飲み終えたジュースを店員に渡して、映画館を後にする。
コメディ作家として名高い脚本家兼演出家の新作で、上映前からテレビやSNSで話題になっていたものだ。くすっとする小ネタも至る所に散りばめられていて、もう一度観たくなる。
「つい声が出てしまうほどファニーな作品だったな。
散々笑わせた後に、人間の温かさを感じさせてグッドな余韻を残す流れも良かった」
「全員どこか抜けたところがあるのも人間臭いっていうか、憎めないのもいいよね」
カラ松くんが共感してくれて嬉しい。
パンフレットは買うべきだっただろうかと後ろ髪引かれながら、そういえば、と私は先ほどから気になっていた疑問を口にする。
「カラ松くん、ポップコーンあんまり食べてなかった?
もしかして、キャラメル味苦手?」
上映前、Mサイズくらいなら一人でも完食するというから、思いきって買ったLサイズ。結局、半分以上を私が食べてしまった。
「いや、すまんユーリ。
買う前は余裕で食べられる気がしたんだが、どうも手が進まなくて…」
「ああ、確かに甘かったしね」
「ドリンクをメロンソーダにしたのが敗因かもしれないな」
「何という甘味料の暴力」
そりゃ手も止まるわけだ。

カラ松くんと並んで歩きながら、観たばかりの映画について語り合う。否、私が一方的に演説する。
元々原作の漫画を数年前に読んでいたこと。実写にあたり俳優陣たちが、原作のキャラクターを上手く演じていたと感じたこと。
私の熱い語りを、カラ松くんは時折相槌を打ちながら聞いてくれる。
話の途中、目の前の信号が赤になっているのが見えて、横断歩道の前で私は足を止めた。
しかしその横を踏み出す足が不意に視界に入るから、思わず声を上げる。
「カラ松くん」
その呼び声で、目の前で風船が割れたように我に返る気配がした。
「…あ、ハニーか」
「ハニーか、じゃないよ。信号赤だよ」
「すまない、少しぼんやりしていたようだ。今日のハニーのスマイルが、魅惑のエンジェルのように愛らしくて俺を誘惑したせいかな」
カラ松節入りました。
冗談言うなと、私は手首のスナップをきかせた追い払う仕草で一笑に付す。
思えば、呼び捨てやハニー呼びされるのも、気取った台詞を投げられるのも、慣れとは怖いもので、すっかり抵抗がなくなった。
だが、少なくとも一般的な呼称ではないことを今更に痛感する。自分でハニーって言って鳥肌立ったからだ
「それでね、映画の原作本が家にあるんだけど、良かったら読まない?」
「借りていいのか?」
「展開が違う部分もあるから、ぜひ読んでみてよ。
この後どっか行きたい所がなければ、うちに取りに行ってもいいかな?」
幸いにも、ここから自宅までは徒歩圏内だ。逸る気持ちを押さえて、私は尋ねる。
カラ松くんはふっと笑みを浮かべて私を見やった。
「楽しそうだな、ユーリ」
「へへ、映画観てテンション上がってる」
原作と映画の両方の情報と感想を、早くカラ松くんと共有したい。そして気取らないカフェや居酒屋で、感想をのんびり語り合うのだ。考えただけで最高ではないか。
「それじゃ、善は急げだ。漫画を取りに行こう」
スキニーデニムのポケットに両手を突っ込んだ格好で、カラ松くんは私の先を歩き出す。
コバルトブルーのシャツの捲くった袖から覗く、細身に見える割に筋肉質な腕。左手首には三連のレザーブレスレットが揺れている。
カラ松くんは、黙っていればそれなりにいい男だ───たぶん。
「ハニー?」
「ううん、何でもない。行こっか」

いつもと同じ日常、いつもの延長線。そのはずなのに、何となく引っかかる。何かが違う。
けれど違和感の正体は分からなくて、私は漠然とした不安を抱えながら、カラ松くんの背中を追った。




マンションの前にやって来た。カラ松くんには、何度か自宅前まで送ってもらったことがある。
「すぐ取ってくるから、待ってて」
「ああ」
バッグから自宅の鍵を出して、家に入る。
1DKの、ごくごく一般的な一人暮らし用の賃貸マンションだ。築浅の駅チカ物件だから、家賃は相場よりも少し高めだが、鉄筋コンクリートでオートロック、風呂トイレ別という好条件で気に入っている。
本棚の中から映画の原作本を取り出して、アパレルのロゴが入った紙袋に放り込む。
「そういえば…」
静寂の中、違和感の正体にふと思い当たる。
あくまでも私の主観だが、カラ松くんの口数がいつもよりも少なかったような気がするのだ。癪に障る気障ったらしい軽口も控えめで、寒色の出で立ちも相まって、冷静な青年という印象を受けた。
何か悩み事や懸念すべきことがあるのだろうか。本を渡すついでに、機会があれば聞いてみよう。私で役に立てることがあるかもしれない。
───事態が一変するのは、この数秒後のことだ。

漫画の入った紙袋を下げて、オートロックの玄関を飛び出した。
「カラ松くん、お待たせ」
彼はいつものように、にこやかな笑みと共に、私が出てくるのを出迎えてくれる───はずだった。

しかし目に入ったのは、私の呼び声にも応じず、電柱に寄りかかり苦しげに肩で息をする、普段の彼からは想像できない姿だった。

「カラ松くん、どうしたの!?」
「ユーリ…いや、大丈夫だ、心配ない」
問題ないという言葉とは裏腹に、絞り出される声は弱々しい。
無理矢理取り繕ったような笑みが痛々しくて、彼を支えようと咄嗟につかんだカラ松くんの腕は、ひどく熱かった。
「…いつから?」
問うのは野暮だったかもしれない。魚の小骨が喉に引っかかったような違和感は、彼に会った時からずっと感じていたから。
その正体を見極めようとせず、見ないフリをしてきたのは、私だ。
「映画の前からだよね?気付かなくてごめん」
「ノンノン、謝らないでくれユーリ。自分の体調よりも、三連休にハニーに会うことを優先したオレに責任がある」
まぁそれは確かに。ほんと何考えてんだ。
しかし、このまま帰れと言えるほど鬼にはなれない。
女一人暮らしのワンルーム、相手は知り合って数ヵ月の異性、防音の密室。様々な不安要因が頭を掠めたが、肩で息をしているカラ松くんが目の前にいるのだ、私が選ぶ答えは決まっている。
「すぐに帰るから、ユーリは家に──」
「うちで休んでいきなよ、カラ松くん」
私を気遣おうとする彼の台詞に被せて、強引に手を引く。
「ちょ、ユーリ…っ」
「そんな調子なのに、無事帰れるって保証ある?
途中で行き倒れたら後味悪いし、風邪薬もあるから、とりあえずうちにおいで」
まるで、帰さない理由を探しているかのように。
「いや、待ってくれハニー…気持ちは嬉しいが、女の子の部屋だぞ」
カラ松くんは目を瞠って抵抗しようとするが、私はもう一本の手も使って、彼を自宅へと誘導する。
「───私が、カラ松くんのことが心配なの」
自信家を演じる反面で、誰かに必要とされることを切望する彼に、絶大な効果を発揮する言葉。半分本心で、半分は意図的だった。
こうでも言わなければ、カラ松くんは意地でも帰ろうとしたに違いないから。

彼は、もう抗わなかった。
熱に浮かされたように上気した顔を手の甲で隠しながら、私に手を引かれるまま部屋のドアをくぐる。




虚ろなカラ松くんを部屋の中に案内して、クローゼットから引っ張り出したフリーサイズのティシャツと、ウエストがゴムになっているジャージパンツを手渡す。しかしカラ松くんは、ふるふると首を横に振った。
「い、いや、服はこのままでいい!」
「スキニー履いたままで休まるわけないでしょうが。私ので嫌かもしれないけど、体締め付けない方がいいから」
「嫌じゃなくて、その…余計熱が上がる気がする。彼シャツならぬハニーシャツは上級者アイテムすぎないか?
「脱がされるか自分で着るか選んで」
「…着替えます」
着替え一つでうるさいニートだ。
彼が着替えている間に、ダイニングで風邪薬と水を注いだコップを準備する。お盆に置いて部屋に戻ると、カラ松くんは顔を真っ赤にしてシャツの裾を引っ張っていた。
私のシャツを着る推し、尊い。

「これ飲んだら、ベッドで寝てて。後のことは、起きてから考えようよ」
優しく言い聞かせるように、けれど有無を言わさない強さで。
カラ松くんは今は何も考えず、体を休めることだけに意識を向ければいい。
「ユーリは…?」
「私?ここにいるけど、いない方がゆっくり寝れるかな?」
「…いてほしい」
やけに素直だ。意識は既に朦朧としているのかもしれない。
カラ松くんが意識を手放したのは、お休みと私が声をかけてから僅か一分足らずのことだった。


もし夜までに目覚めて、少しでも回復していればタクシーを呼べばいいかと、今後の案を練っていた時、数日前にトド松くんから来たメッセージの内容を思い出した。
この三連休、松野家の両親は二泊三日の温泉旅行に出ている、と。その状況でカラ松くんを帰すことはつまり、腹をすかせた野獣の群れの中に、手負いの小動物を放り込むに等しい。
おそらくただの風邪で、今までも熱がある時は家にいただろうし、彼らもさすがに病人に対して無茶なことはしないと信じたい───が。
いやこれ、帰したら死亡フラグ乱立するやつだろ、間違いない。
私はちらりと横目でカラ松くんを見て、盛大な溜息を吐いた。

カラ松くんが次に目を覚ましたのは夜中だった。熱を計ると四十度、ぼんやりとしたままトイレへの往復と水分補給をした後、意識を失うように再び眠りにつく。
ベッドをカラ松くんに明け渡したので、私はすぐ横に設置しているローソファーに横になった。同性の友人ではない人の気配を感じながら眠るのは、不思議な感覚だ。
スマホからトド松くんにメッセージを送った後、部屋の電気を消して私も目を閉じた。




翌朝七時を過ぎて、目覚めたカラ松くんがベッドから体を起こす。
私はそれより前に起床していて、トド松くんからの不在着信が多すぎて充電が切れたスマホを眺めながら朝食を摂っていた。
着信数十回、メッセージほぼ百件。ストーカーか。
「あ、おはよう、カラ松くん。体調はどう?」
彼はしばらく虚ろな瞳で私を見つめた後、見知らぬ部屋にいる理由を思い出したかのように、ハッとして姿勢を正した。
「は、ハニー!?
え、もう朝なのか?まさかオレ、ずっとここで…」
「一晩寝て少しはマシになった?」
「すまないっ、ハニーのベッドを占領してしまって!もう大丈夫だ、すぐ帰───」
カラ松くんは慌ててベッドから下りようとするが、立ち上がろうと腰を上げた途端に平衡感覚を失う。ふらつく彼を支えたら、まだ体が熱い。
「熱が下がったら帰っていいよ」
「でもそれじゃ、ユーリが」
「ご両親がいない松野家なんかに帰ったら、治るものも治らないでしょ。トド松くんから聞いてるよ。ほら、まだ熱が三十九度あるんだし」
体温計が示す数値を見せたら、カラ松くんは文字通り頭を抱えた。
トド松くんには後で電話しておくよ、と伝えたら、ようやく観念したのか、脱力して私に向き直る。
「で、何か食べられる?何食べたい?」
努めて普段通りに、私は尋ねた。拗ねたように下唇を突き出すカラ松くんの姿が可愛らしい。
「…お粥」
そして彼は、小声でぽつりと呟いたのだった。


私とローテーブルを囲んで、カラ松くんが卵粥を頬張る。
彼が食事している間にトド松くんに電話をかけたら、呼び出し音が鳴った瞬間に応答してきた上に、開口一番に『ドクソ松兄さんに何もされてない!?』と貞操の心配をされたクソ松がドクソ松に無事昇格。
昨晩メッセージでも伝えていたが、高熱があること、両親が不在中はユーリ宅で療養させることを改めて口頭で説明したところ、五人から一斉にカラ松くんに対する怒涛の罵声を浴びることになった。反論しようとしても畳み掛けてくるので、説得は無理と判断し、電波が悪いことにして電話を切る。自宅の住所を彼らに知らせていなくて本当に良かった。
「帰る前に遺書を用意しておいた方がいい気がしてきた」
カラ松くんは心も病みそうだ。


私がお茶のおかわりを運んできたところで、カラ松くんが唐突に口を開いた。
「なぁハニー、昨日から泊めてもらってることには感謝している」
「うん」
「ただ…オレだって男だ」
その時点で何を言いたいか概ね察したが、気付かないフリを装って続きを促す。
「知ってるよ」
「女の子の部屋に男を泊めることを、危険だと思わなかったのか?」
それ聞いちゃうかぁ、野暮だなぁ。何も聞かず、何も言わず、与えられるものを享受していればスマートなのに。
しかし、それが自然にできるなら、その人はもう松野カラ松ではないな、とも思う。

「カラ松くんを信用してるからだよ」

正確を期すなら、今の表現は少し語弊がある。
「カラ松くんを信じてる私を信じてるんだ。カラ松くんを泊めるのは、私が選んだこと。
だからもし万一のことが起こったら、それは私の責任」
もちろん、最悪のパターンも想定して枕元には防犯ブザーを忍ばせていたし、返り討ちにする戦略も数パターンは用意していた。
「でもさ、私を傷つけるような真似は絶対しないって、そう言ったのはカラ松くんだよ」
アスレチックで囁かれたその言葉を、私は覚えている。
「それはまぁ、そうなんだが…ユーリが他の男にもこういうことしてると思うと、さすがにちょっと冷静ではいられない」
待て待て、異議あり。
「ちょっと、その尻軽みたいな言い方止めてよ。そんな簡単に男の人泊めるわけないでしょ」
「え?」
「私がそんなに軽い女に見える?」
何だこのヒロインっぽい台詞は。生まれて初めて使ったぞ。大袈裟に、恨みがましくじろりと睨みつけたら、カラ松くんは大きくかぶりを振った。
「もちろんそんな風に見たことなんてない。
ハニーはいい女だ。何しろ神々からの寵愛を一身に受けてガイアに遣わされた、唯一無二のミューズだからな」
熱があって辛いだろうに、いつもと変わらない気障な口調で私をからかう。何馬鹿なこと言ってんの、と一笑に付したら、居心地の悪い空気が解消されて、カラ松くんはようやく肩の力を抜いたようだった。

「ユーリを傷付けるようなことはしないさ───絶対に」




三日目の、連休最終日。
まだ日の昇りきらない薄暗い明け方近くに、カラ松の意識が覚醒する。見慣れぬ天井の景色には少し慣れたものの、ユーリの部屋で目覚める気恥ずかしさは、縮小どころか拡大する一方だ。
兄弟のものとはまるで違う人の気配と、布団や衣服から感じる彼女の匂いに、眩暈さえする。夢と現の境目はひどく曖昧に感じていた。これが夢なら、どうか覚めないでほしいとさえ。
体を起こして、額に手を当てる。三日目にして熱はすっかり下がったようだ。
ふと枕元に視線を落とすと、メモが置かれていて『喉が乾いたら、冷蔵庫から好きに取ってね』という見慣れた文字。言葉にできない想いが込み上げて、息ができない。

カラ松は、ローソファーで寝息を立てているユーリの傍らに膝をついた。
スマホを握ったままの片手はソファーから落ち、口は半開き。腹部にかけていたはずのタオルケットも半分以上が床に落ちていて、お世辞にも綺麗な寝相とは言えない。
なのに、自然と笑みが溢れるほどに愛しい。
街中ですれ違って再会したあの瞬間、これは運命だと思った。思わず声をかけて、食事に誘って、また会いたいと想いを告げた。奥手な自分からは想像もできない積極性の発揮は、相手がユーリだったからに他ならない。
誰にも奪われたくないと思う一方で、ニートで甲斐性のない自分がユーリを幸せにできる自信もなくて、言葉にできない想いは膨張していくばかりだ。
「ユーリ」
小さく名を呼ぶ。

「オレと出会ってくれてありがとう。
君に会ってから、オレは幸せでたまらないんだ」

何もかもがユーリに敵わない。なのに、それが嬉しくて仕方ない。
彼女から与えられるもの全てがきらきらと眩しいくらいの輝きを放っていて、世界が色鮮やかに染め上げられていく。
不意に、このまま何もかも奪ってしまいたい衝動に駆られる。奪うのは実に容易いことで、手を伸ばせば事足りる。力に関しては圧倒的に自分が優位なのだ。
けれど。
「いつか伝えたいことがあるから、それまで待っていてくれないか?
オレは、ユーリ、君を───」
ユーリの手からスマホが落ちて、フローリングに転がる。地面に伸びる弛緩した手に指を絡めて、カラ松は彼女の寝顔に自分の顔を近づけた。

唇の真横に、そっとキスをする。

欲望と理性に折り合いをつけようとして、かろうじて理性が勝利を手にした。
それでも、彼女への罪悪感と羞恥心で心臓が破裂しそうになっているから、どうかこのまましばらくは目覚めないでほしい。




玄関の戸が開閉する鈍い音で私は目を覚ました。
飛び起きてベッドを見ると、もぬけの殻だ。私が貸したシャツとジャージは丁寧に折りたたまれて、枕元に鎮座している。
もつれる足を奮い立たせて、玄関へ走った。
「カラ松く──」
「おはよう、ハニー」
ふにゃりと、私だけに向ける柔らかい微笑を浮かべた彼が、玄関口に立っている。その手には、コンビニのビニール袋。
「熱は…」
「もう大丈夫だ、二日間ハニーが懸命に看病してくれたおかげだな」
玄関口で靴を脱いだ後、カラ松くんの手が私の頬をするりと撫でる。ナチュラルにタラシてくる辺り、完全復活の模様。
「泊めてもらった礼に、とりあえずコンビニでコーヒーとサンドイッチ買ってきたんだ。一緒にブレックファーストといこうじゃないか」
おお、気が利く。
「ありがと。起きたらカラ松くんがいなかったから、心配したよ」
「ああ、それはすまない。オレが起きた時まだユーリは寝てたから───」
そこまで言って、何かを思い出したかのようにハッとするカラ松くん。瞬間的になぜか耳まで赤くなった。
「な、何っ!?熱ぶり返した!?」
「いや、これはその、違…っ」
「…あっ、ひょっとして洗濯してた下着でも見ちゃった!?」
「見てない見てない!」
じゃあ何なんだと訝る私をよそに、カラ松くんはそそくさと部屋に戻っていく。
結局、その後カラ松くんが口を割ることはなく、そのうち私もどうでもよくなって、穏やかな朝の時間が流れることになる。

ハムときゅうりのサンドを両手でつかみながら、私は今日が連休最終日だということを思い出した。
「カラ松くんの体調がいいなら、今日もどっか遊びに行く?」
カラ松くんはとっくに食べ終わっていて、缶コーヒーをあおっていた。
「なら、今日はオレがハニーをエスコートしよう」
「カラ松くんの奢りってこと?」
「マイプレジャー。ボーリングかビリヤードなんてどうだ?」
俄然私のテンションが上がる。どちらも間違いなくポーズがオイシイやつじゃないですか、本当にありがとうございました。
スマホの充電はフルにしていこう。

「──ユーリに看病してもらえるなら、たまには風邪をひくのも悪くないな」
空になった缶コーヒーを指で弄びながら、カラ松くんが照れくさそうに呟いた。
「今回は事情が事情だったから、ほんとーに特別なんだよ。普通ならタクシーに押し込んでるから」
「フッ、いきなりスペシャルを引き当てるほど運も味方するとは、やはりオレはギルドガイ」
釈然としないが、確かに一理ある。うーむと腕を組んで唸っていたら、カラ松くんが続けて言った。
「もしユーリが風邪をひいたら、いつでも言ってくれ。通って看病する」
カラ松くんなりの、今回のことに関する責任と感謝が伝わってくる。言葉だけでも十分なのだけれど、その気持ちが嬉しいから、ここは素直に受け取ることにした。
「期待しとく」
「りんごくらいなら剥けるぞ」
目を輝かせて言い放つ台詞がそれってどうなの。可愛いかよ。

この後、まずは互いに身支度を整えようという話になって、私の家のシャワーを使ってよとかそれはさすがに恥ずかしくて無理とかいう果てしなく無駄な攻防が、半時間に渡って繰り広げられることになるのだが、それはまた別の話。