シックス・セイム・フェイシーズ

手持ちのカード二枚を畳の上に叩きつけ、おそ松くんが高らかに笑う。

「ふはははは、ひれ伏せ愚民ども!この絶対王者大富豪のおそ松様が、次の勝負も突破して連勝記録更新してやるよ!
はーい、いちまっちゃーん、最高のカード頂戴。いちまっちゃんが、持ってる、最高の、カード」
底意地の悪さ全開で、いちいち溜めて催促するおそ松くん。一松くんは大きく舌打ちして、カードをおそ松くんの頬に叩きつけた
「いっでぇ!」
「あ、ごめーん。大貧民風情が大富豪様に楯突いて申し訳ございませーん
抑揚のない声で述べられる謝罪の言葉。僅かさえこもらない詫びの感情が、一松くんの本心を如実に物語る。

何の話かというと───トランプの大富豪だ。


松野家の居間。たまには健全なゲームでもと発案者のトド松くんを筆頭に、六つ子と私の計七人で罵詈雑言と暴力制裁が乱発するドキドキ大富豪が開催されている。健全とは一体。
「相変わらず一松はギャンブルクソ弱いよね。で、カラ松、お前もカード一枚早く寄越せ」
チョロ松くんに手を差し伸べられて、ビクリと強張る貧民のカラ松くん。今回の敗北により平民から貧民に成り下がり、実質二位の座についた富豪のチョロ松くんに最も良いカードを渡さなければならない。
「ぶ、ブラザー…慈悲のハートはないのか」
「慈悲があったらルール違反だろうが──へぇ、いいカード持ってんじゃん」
涙目になる推しと、その眼前で片側の口角を上げて肩を揺らすチョロ松くん。何この卑猥な絵面。
カード交換も終了し、戦闘開始への緊張感が高まる中、手元のカードを眺めながら一松くんが溜息を溢した。
「いいよな、十四松は平民の地位キープで」
「いやいや、強くもないし弱くもないし、大した特徴もない微妙な地位に甘んじてる感じだよ~。言うなれば、キャラの薄いおそ松兄さん
「おい!」
向かい側からおそ松くんのツッコミが飛んでくる。
「七人いると戦略を立てるのが難しいよね。私もそろそろ平民から成り上がりたい」
カラ松くんの隣で思案顔をすれば、彼は緩く微笑んだ。
「ユーリは一発目の大貧民から徐々に地位を上げててすごいな。時の流れに合わせて堅実に成長を遂げる、同世代カースト中間層の人々のようだ
「言い方気をつけろ」
それ絶対褒めてない。でも貶してもないから反応に困る。

示し合わせたわけではないが、口を閉ざして寡黙になる面々。大貧民の一松くんがカードを抜き、新たな決戦の火蓋が切って落とされようとした───その時。
座布団の上に置いていたトド松くんのスマホが、不意にメッセージの着信を告げる。
「あ、待って、連絡来たからちょっとタイム」
慣れた手付きでパスワードを解除し、ディスプレイに視線を落とす。待ってましたとばかりな表情とスピード。待ち侘びていた連絡のようだ。
「トッティ、早くしろよな。せっかくテンション上がってきたのに、興醒めしちゃうよ」
「ごめんごめん、すぐ終わるから」
アプリを開いてメッセージを読み進めるトド松くんの表情が、みるみるうちに驚愕に瞠られていく。わなわなと震える両手と、あ、え、と声にならない声。
やがて絞り出すような絶叫が居間に響き渡った。

「えーっ!?」

積み上げていた座布団からおそ松くんが転げ落ち、一松くんは口に含んでいだお茶をカラ松くん目掛けて吹き出した。その他の面子はギョッとしてトド松くんを見やる。
「どうしたトッティ!」
「ゲホッゴホッ…な、何…」
「んー?何気にオレが一番の被害者じゃないか?」
「あーあ、ほらこっち向いてカラ松くん。お茶だから、拭けば大丈夫だよ」
片手をカラ松くんの頬に添え、もう片手に持ったタオルでお茶を拭き取ってやる。
「ちょっ、は、ハニー…ッ」
「すぐ終わるから動かない」
「……はい」
顔を赤くして私から視線を逸らし、固まるカラ松くん。濡れ具合を確認しながら拭き上げるため、添えた片手を額やうなじへと移動させると、彼はぎゅっと目を閉じた。肩に力がこもる。
可愛いなぁなんて思いながらタオルを首へ移動させれば、唐突にチョロ松くんに手首を掴まれた。
「ん?」
「待って待って、ユーリちゃん。申し訳ないけど僕たちの目の前でイチャつくのは止めて、心が折れる
「これのどこがイチャつきだと思うの?眼科行く?」
これだから魔法使い一歩手前の童貞は。

「イチャつくっていうのはね──」
「…んんっ!?」
言うやいなや、私と目が合い、素っ頓狂な声を上げたカラ松くんの肩を押し、畳に横たえた。
両手を掴んで頭上に掲げ、両手首を片手で押さえ込む。呆然とされるがままなカラ松くんに顔を近付けて、鎖骨から首筋、耳の裏へと、触れるか触れないかの指先だけで肌をゆるりと撫で上げる。
「…あ、あの…ユーリ?」
どこか扇情的に潤んだ瞳に、にこりと笑みを投げて、私はパッと手を離した。
「──こういうことを言うの。お触りだけでイチャつき認定しない。反省して認識を改めなさい、無職童貞たち
「申し訳ありませんでしたっ、ユーリ先生!」
おそ松くん、チョロ松くん、一松くん、十四松くんが揃って頭を垂れる。分かればよろしい。

それで、と話題の転換を促したのはおそ松くんだ。
「トッティは何で驚いたんだっけ?」
「ユーリちゃんのイチャつき実践講座が衝撃的で何も頭に入ってこねぇ」
「でもイチャつくっていうよりは襲って──」
「言葉を慎め十四松、ユーリ先生の御前だ
兄たちの視線が一同に集まる中、トド松くんは「当事者のボクですらうっかり失念しそうになったよ」と遠い目になる。ごめんね。
「──じゃなくて!ビッグニュースだよ、みんな!心して聞けクズども!」
カラ松くんも体を起こし、トド松くんに顔を向けた。

「六つ子の女の子たちとの合コンが決まったよ!」




「六つ子の女の子…」
発言の意味が理解できないとばかりに反芻するのはチョロ松くん。
「ボクら六つ子と、女の子の六つ子の六対六の合コン。仲間外れなし、全員参加、相手は乗り気」
トド松くんが兄弟一人一人の目を順繰りに見つめながら、ゆっくりと単語を発する。たぶん一番早く状況把握に至ったのは、私だ。
「へぇー、松野家以外にも六つ子っているんだ。しかも会う前から女の子が乗り気って、最高の前提」
私のその言葉を皮切りに、うぉーと歓声を上げる六つ子たち。
「マジかよ!?六つ子対六つ子ってもう全員カップル成立しかなくない!?やりー!」
「てか、六つ子が都内に二組いるってこと!?もはや六つ子のレア感皆無じゃんっ」
「オシャレな服ないんだけど、ジャージで合コン?いや行くけど、行くのは確定で
「アザス、トッティ!」
トランプを放り投げ、嬉々として踊り出す連中の輪の中で、カラ松くんは浮かない顔だ。胡座をかいた自分の足元をじっと凝視している。
「カラ松くん、どうかした?合コン嬉しくないの?」
不思議に思って私が尋ねれば、彼は眉根を寄せて顔を上げた。

「ハニーは、オレが合コンに行ってもいいのか?」

その問いかけには、首を縦に振った。
「参加云々は私が決めることじゃないと思うけど、六つ子と六つ子が雁首揃えるのは是非見たい
そしてあわよくば写真を撮りたい。間髪入れずに正直に答えれば、カラ松くんの瞳にじわりと涙が浮かぶ。その涙が一筋頬を伝ったかと思うと、彼はすっくと立ち上がった。
「うわああああぁあぁぁぁんっ、ハニーの馬鹿ああぁああぁぁ!」
泣き喚きながら居間を出て、荒々しく開け放たれる障子と、二階へ駆け上がる騒々しい足音。

えー。

おそ松くんは苦笑しながら頭の後ろで両手を組む。
「あーあ、カラ松泣いちゃった。さすがに今のはあいつに同情するよ」
「何それ。イエスはノーの裏返しっていう超絶面倒くさい女心じゃないんだから」
試し行為は良くない。止めてほしいなら正直に言ってもらわないと。
「困ったなぁ。六人全員揃うのが合コンの条件だから、カラ松兄さんが不参加になると合コンの話自体が立ち消えになるんだよね」
「だってさ、ユーリちゃん。俺たちの輝かしい未来のために、カラ松説得してきて。ユーリちゃんならできる」
おそ松くんに背中を押されて、私は半ば強制的に廊下に排出された。




二階に上がりながら、私は片手を顎に当てて思案する。まさかカラ松くんが拗ねて号泣するとは思わなかったので、対処法についての妙案は沸いてこない。なるようにしかならないなと腹を括って、私は六つ子の部屋に続く襖を開けた。
「カラ松くん」
彼はソファの上で膝を抱えて仏頂面だ。私が入ってきても、目線さえ寄越さない。気にも留めず、私は隣にどっかと腰を下ろす。スプリングが弾んで、カラ松くんの体が揺れた。
「合コンってさ、彼女作るために行くだけじゃないんだよ」
紡いだ私の言葉が意外だったのか、カラ松くんは僅かに目を見開いた。
「幹事役があったりするでしょ。当日の仕切りだったり、盛り上げ役、スムーズな進行役の人。そういうのになってみない?
おそ松くんたちは癖が強すぎるから、カップル成立をお膳立てする縁結び役って必要だと思うな」
小心者のカラ松くんにそんな大役が担えるのかは、この際棚上げだ。
「ユーリ…」
「お、やっとこっち向いてくれた」
そう言って笑えば、あ、とカラ松くんはバツが悪そうな顔になる。
「彼女が欲しいわけじゃないんでしょ?」
「そう、なんだが…ハニーは、嫌じゃないのか?」
オレが合コンへ行くことが、と。

私はその問いかけには答えずに、人差し指を彼の胸に突きつけた。
「カラ松くんは、合コン一回参加したぐらいで容易く彼女ができると思ってる?無職童貞彼女いない歴=年齢の分際で、異性から引っ張りだこの高打率打者になれるとでも?
「いや…その、あの…」
「そもそも双方の同意がないとカップルは成立しないよね?最悪断るって選択肢もあるもんね。
だから安心して行っておいでよ、私も近くの席陣取って顛末見届けるから」
肩を竦めて、当社比で目一杯可愛らしい笑顔を浮かべてみせる。
一瞬口車に乗りかけたカラ松くんは、しかしすぐさまハッとして眉間に皺を寄せた。
「ハニーが見たいだけなんじゃないか、それ」
「もちろん」
胸を張って正直に答えれば、カラ松くんは沈痛な面持ちで膝を抱えてしまうので、私は彼の頭を優しく撫でる。

「いざとなったら助けてあげるから、ね?」




その後は、六つ子女子との合コンを翌週末に控え、私こと有栖川ユーリによる合コン必勝法ならぬ『合コンをひとまず次回に繋げる』講座が開催された。
とはいえ、私が持ちうる合コンの知識を伝承するのではなく、彼らの持ち味──そんなものがあるのかという疑問は置いといて──を活かした交流のポイントの伝授と、好印象を持つ外見の創造に努力を全振りする。
メラビアンの法則では、初対面で相手に伝わる印象は視覚情報が55%と言われている。だから服装は異性からの評価が無難なカジュアルスタイルを前提に、きれいめ、清潔感、アメリカンテイストと、各自のキャラに合わせたコーディネート。奇をてらわず、限られた資金の中から手持ちの服と安価なブランド服を組み合わせていく。

現地での言動に関しては、下手な小細工をせずに、致命的な欠点を出さぬよう各自留意するに限る。小手先のテクニックが通用するほど合コンの世界は甘くない。
困った時は必要に応じて席を立ち、私のテーブルまで来て助言を請えとだけ告げておく。


夕刻、合コンが開催される都内の居酒屋。
トド松くんが予約したのは、可動式の間仕切りが設置された個室感のある店だ。店員をいかにして説得したかは不明だが、通路を挟んですぐ真向かいに私の席を予約する有能ぶり。

「それじゃあ、世界初、六つ子と六つ子の合コンを始めまーす」
各自手に持ったアルコールを掲げて、トド松くんの合図で開幕となった。まださほど店内に客がいない時間帯のため、一般的なボリュームの会話なら私の席でも聞き取れる。
「最初は自己紹介から始めようか。僕は進行役を務める六男の松野トド松です、気軽にトッティって呼んでね」
「…あー、えーと、長男の松野おそ松です」
「ま、松野カラ松…次男です」
トド松くんを除いた男性陣は、最高にぎこちない。下手なボケを噛ませずに喋るだけマシか。

「じゃあ次は私たちね、私は長女の───」
続いて女性陣の自己紹介。さて六つ子の合コン相手だが、ぶっちゃけ可愛い。一軍の際立つ美貌とまではいかないが、素朴で愛嬌のある子たちだ。肩より少し長い髪をそれぞれ異なる髪型にして個性を出している。クズで無職でダメンズを極めた松野家六つ子にはもったいない
「みんな髪型違うから全然六つ子に見えないよねー、全員可愛くてビックリだよ」
「トド松くんたちはすごく似てて、六つ子って感じだね。トレードカラーで分けてるって聞いたから、今日は合わせてきちゃった」
「あ、やっぱり!嬉しいなぁ、お揃いだね。記念に後で写真撮ろうよ」
さすがは手練の末弟、そつなく異性との会話をこなしていく。他の六つ子たちは、話題を振られれば返事をするだけで積極性に欠ける。そもそも全員顔がひきつってる。

「ユーリちゃん、俺やっぱ無理!秋口なのに色っぽい服されると下ネタしか出てこない!」
「女の子六人もいて誰と何話したらいいの!?無理ゲーすぎる!
「ユーリちゃん、おれと帰ろう、吐きそう。猫が集会開いてるとっておきの路地裏教えるから…」
「座り続けるの飽きた!全身の穴から色付きの水噴射する芸やっていい?新作!」
トイレに立つフリをして、アドバイスを請う者、戦線離脱を申し出る者が、長兄から順番にユーリ駆け込み寺へとやって来る。
「この合コンにおいて大事なことは一つだけ──成功させようと思うな、取り返しのつかない失敗さえしなければいい」
そう告げた上で各自の性質に合わせた最低限の助言をしていくが、そういえばカラ松くんが来ていない。一松くんと共に異性に最も耐性のない者として両端に追いやられ、通路から一番奥まった席にいる。
意外と馴染んでいるのかと覗き込めば、何のことはない、萎縮して縮こまっている

いざという時は助けると約束した手前、見過ごすわけにはいかない。運良く通路側の一松くんと目が合ったので、ジェスチャーでカラ松くんを呼ぶよう伝える。幸いにも意図を察してくれたようで、一松くんの一声でカラ松くんが席を立ち、私の隣に座った。
他の六つ子は向かい側だったのに、当然のように隣に並ぶあたり、私たちの距離感を如実に物語っている。
「ふ、フフン、どうしたハニー?
オレがハニー以外のレディに見惚れてるんじゃないかと心配したのか?」
「カラ松くん」
「……帰ってもいいだろうか。やっぱりオレはユーリ以外無理だ」
受け取り方次第では告白のような台詞だ。
「じゃあ、相手を私だと思って接してみたらどうかな」
「ハニーだと思って…?」
「そう。カラ松くん、私といる時はすごくスマートで気が利くんだし」

「それは、ハニーが特別だからだ」

んー?
「ユーリの笑顔が見たいから、どうしたら喜んでくれるか、楽しんでくれるかって考えられる。自分のことを後回しにしてもいいと思えるのは、相手がユーリだからだ」
そういうこと素面で言えるのに合コンでチキンは解せぬ。
曇りのない瞳で見つめられて、私は苦笑するしかない。口説き文句ぶちかましてるなんて、本人は微塵も思っていないのだろう。
「そっかそっか。でもおそ松くんたちのお膳立てに来たんだから、五人が自然に盛り上がれるように女の子たちをもてなすのは必要だと思うよ」
「ああ、なるほど…それもそうだな」
顎に手を思案顔になってから、私を見て薄く笑う。

「──ユーリに対してと同じくらいスマートにというのは難しいが、ベストを尽くす」

それからフフーンと意気揚々に鼻息を荒くして、いつものカラ松くんの調子が戻ってくる。その調子だ、次男。
「上手くできたら、もちろんハニーからはご褒美をもらえるんだよな?」
「いいよ、物によるけど」
「へっ?」
「無理言って参加してもらってるんだから。物によるけど
そこは念押ししておく。
「フッ、オーケーハニー!オレに任せておけ!合コンの一つや二つ、レディ全員をカラ松ガールズにするくらいわけないぜ!
目的変わっとるやないか。




さて、褒美につられて本気を出した次男の変貌は、目を瞠るものがあった。席に戻るや否や、六つ子の女の子たちに照れくさそうな微笑を向ける。
「さっきまでほとんど話せなくてすまない、ガールズ。君たちがあまりに可愛いから、緊張してしまってたんだ」
カラ松くんのその言葉に、顔を見合わせて笑う子が数名。
「今はもう平気なの?」
「ああ。君たちも初対面で、しかも合コンという会い方で、緊張してるはずなんだよな。そのことに思い至ったら、緊張もどこかへ行ってしまった」
「良かった。それじゃあ今からでも話そうよ。今ちょうど好きな食べ物の話になっててね──」
テーブルの上で両手の指を組み、僅かに前のめりの姿勢で耳を傾けるカラ松くん。話す相手に視線を合わせ、時に相槌を打ち、時に驚いた顔をして。場が和んでくると、わざと加減した気障な仕草と台詞で笑いを誘う。やればできるのがうちの推し。
次男の突然のトランスフォームに目をひん剥いて凝視するニートが五人ばかりいるが、まぁいい。

「頬が赤くなってるな。君が酔う姿はキュートで愛らしいが、次はソフトドリンクにして少しペースを落とした方が良さそうだ。
ドリンクメニューは──ああ、あった。どうする、何がいい?」
「梅酒ロックばっかりもう三杯目でしょ?え、よく見てるなって?当たり前じゃん、ボクらと合コンしてくれる可愛い六つ子の女の子だよ。楽しい時間だったなって思ってほしいもん、無理してほしくないんだ」
「もし良かったら席を替わらないか?…あ、ええと───その席、エアコンの風が直接当たるだろ?」
「温かいお茶頼んでるから。上着も必要なら貸すし、いつでも言って。でも…気付かなくてごめんね」
次男と末弟無双のお時間です。
悠々と夕食を食べながら、すごいなぁと感心しつつ眺める私。格好いいと可愛いのイケボコンビがナチュラルに口説いてくる合コン、最高じゃないか。もう駆け込み寺は必要なさそうだ。


呆気に取られていた面子のうち、一番に口を開いたのは十四松くんだった。
「カラ松兄さん、さっきとは別人みたいだね──ユーリちゃんといる時みたい

五男が素で爆弾を投下した。合コンにおいて他の女の名を出すのはマナー違反と知っての暴挙か。
その手があったかとばかりに、チョロ松くんが続く。
「本当だね、カラ松。他の女の子に気のあるようなことしたら、ユーリちゃんに嫌われるんじゃない?」
「え…いやこれはユーリが、ユーリと会っている時と同じようにすればいいって──」
「はい出たよ、カラ松のユーリちゃん贔屓。てかお前ユーリちゃんいるのに合コンとかひどくない?それって裏切りじゃない?」
「えぇっ!?おそ松、お前…っ」
お前が合コンに出ろって言ったんじゃないかと彼の顔は物語る。
兄弟を思って尽力する次男を陥れようとするのか。ここに来てまでリア充は完膚無きまで叩き潰すクズっぷりを遺憾なく発揮する、さすが松野家六つ子。

険悪な雰囲気が漂い始める男性陣に対し、女性陣は戸惑いを隠せない様子。カラ松くんの前に座る子──服の色から見て次女──が、おずおずと問いを投げる。
「えーと…ユーリちゃんっていうのは、もしかしてカラ松くんの…彼女?」
「かの…っ!?…あ、その、まだ──」
「友達以上の可愛い子」
声が裏返るほど動揺するカラ松くんより先に、一松くんがトドメを刺してくる。捕食者と非捕食者の関係性なので、友達以上の表現はあながち間違いではない。
「えー本当?カラ松くんモテるんだ?」
「ひょっとして片思い?待って待って、それ詳しく聞きたい!」
「ユーリちゃんの写真あるよー、カラ松兄さんにはもったいないくらいいい子なんだぁ」
「トッティ!?」
最後の砦のトド松くんまでも、合コンにおける己の地位確保のためにあっさりと手の平を返す。兄弟全員が敵に周り、女の子たちはユーリという人物を肴にして盛り上がろうとする流れ、まさに四面楚歌だ。

泣きそうになったら助け舟を出すかと決意したところで、視界の隅に見慣れた色のスーツが映る。想定外の出来事に、体が固まる。店員に先導されて廊下を進むその人は、やがて聞き覚えのある声に振り向いて、すだれの奥を覗き込んだ。

「おや六つ子たち、奇遇ザンスね」

特徴のある語尾と、口内に収まらない出っ歯──イヤミさんだ。

「い、イヤミ…何でよりによってお前がここに…」
「最悪だ」
「イヤミじゃーん、久しぶり~。お前居酒屋に来れるお金あんの?」
チョロ松くんと一松くんが眉間に皺を寄せる中、十四松くんの発言が何気に一番ひどい
「チッ、六つ子如きが合コンザンスか、いいご身分ザンスね───ミーも仲間に入れてちょーよ!誰かミーのお嫁さんになってほしいザンス!誰が誰だか分からない六つ子より、ミーが一番キャラが立ってるザンス!」
席へ案内してくれた店員を強引に追い払い、無理矢理女の子側の席へ座ろうとするイヤミさん。
「ちょっとイヤミ、勝手なこと止めてよっ」
「レディたちが嫌がってるのが分からないのか。一刻も早く出ていけイヤミ、潰すぞ
奥側に座っていたトド松くんとカラ松くんが彼を制止しようと通路側へ向かおうとするが、何せ快適空間よりも座席数を優先した大衆居酒屋での大所帯だ、スムーズに進めず途中で詰まる。さもありなん
そうこうしているうちにイヤミさんは無許可でテーブル上の食事を貪り始める。ドン引きする女性陣、発狂する松野家六つ子。
「っざけんなイヤミ!勝手に飯食ってんじゃねぇよッ」
「調子乗んなよクソが!」
「二度と朝日が拝めないように沈めてやる!表出ろっ」
ニート六人全員が揃って飛びかかり、お決まりの乱闘勃発である。

私が席を立つまでもなく、いち早く戦線離脱したトド松くんが女の子六人を外へ連れ出す。
「怖かったでしょ、ごめんね。気分変えよっか?カラオケでも行く?」
トラブルもチャンスに変えて兄弟を容易く裏切る、さすがはドライモンスター末弟。
「総ざらいすんじゃねー!」
しかし多勢に無勢で戦闘不能に陥るイヤミさんの屍を越え、満身創痍の五人が抜け駆け許すまじと駆けてくる。みんなで仕切り直ししようと思っただけだよとトド松くんは笑って肩を竦めたが、兄たちに背を向けた瞬間思いきり舌打ちするのを私は見た


トド松くんへの悪態をつきながらも、女性陣へフォローの言葉を投げかけ、夜の街へと消えていく彼ら。
さて駆け込み寺のお役はごめんだと会計を済ませて帰ろうとしたら───出口の先でカラ松くんが立っていた。
「ユーリ」
「行かないの?」
ああ、と彼は答える。

「少し、話をしないか?」




満天の星空とは縁遠い都会の夜空の下を、私たちは歩く。どこへ向かうのか訊かないまま同行すれば、人気のない住宅街の公園へと辿り着いた。錆びたベンチに腰掛けて、何となく気軽に話題を振れない雰囲気を悟る。
「一つだけ、どうしても聞いておきたいことがあるんだ」
「何?」
その時点で、何に対する問いかけかは漠然と想像がついた。

「オレが合コンに行くのは、ユーリはどう思った?
他の女性と、二人になるかもしれないような場所に行くことを」

そうだね、と一呼吸置いて、私は自身の膝の上で両手を組む。質問を質問で返し、畳み掛けることで合コンへの参加を促し、それでやり過ごしたとばかり思っていた。けれどカラ松くんにとっては看過できない問題だったらしい。

「いいか嫌かで答えるなら───嫌、かな」

苦笑交じりに私が告げると、カラ松くんの目が瞠られて、それから口元が緩んだ。
「ハニー…っ」
「カラ松くんの場合、女の子から強引に迫られたら断れない感じがするんだよね。それで後々後悔はしながらも、別れられずにズルズル付き合い続ける最悪パターン突入しそう
歓喜に満ちた笑顔がカラ松くんから消えていくのを横目で見ながら、私は続けた。語弊のないように、伝わる表現で。
「だからね、そうならないように私が近くにいたい、っていうのはある」
「ユーリ、それは」

「私がカラ松くんを、不幸にはさせないよ。幸せになってほしいし、それを見届けることができたらな、って」

何をもって幸せと定義づけるのかは分からない。ゴールがあるのかさえ不明だ。ただ漠然とした独善的な感情に突き動かされている。カラ松くんのためと称した自己満足にも感じられる。
しかし、迷惑ならば言ってほしいと結ぼうとした私に、彼から向けられた表情は柔らかく、破顔とも呼べるものだった。
「ユーリ…」
ああもう、とカラ松くんの口から溢れる文句は空気に溶ける。整った髪をぐしゃぐしゃと掻いて、彼は唇を尖らせた。
「ご褒美に何を貰おうかずっと考えてたんだぞ。ユーリがくれるっていうから、どこまでなら許容してもらえるかとか、普段なら頼みにくいことにしようかとか!───なのに」
遠くの繁華街の賑わいが僅かに耳に届く程度の静寂。人目を憚る必要も、私たちを遮るものも、ここにはない。

「ユーリのその言葉が、十分すぎるご褒美だ」

なにこれ可愛ええ。
うちの推し本当可愛い。笑わせたいし泣かせたいし抱きたいし、妄想が捗って大変。

脳内を駆け巡る欲望の渦を悟られまいと、何でもないフリをして私は無言で肩を竦める。

「なぁハニー、でもそれはその、つまり…オレのことを─」


しかし彼のその言葉は、途中で六つ子の出現によって遮られることとなる。
「カラ松兄さん発見伝!」
「オイコラクソ松!ユーリちゃんと何しけこもうとしてんだボケっ」
なぜかスライディングで駆け込んでくる十四松くんに、中指をおっ立てて物騒な顔つきの一松くん。その後ろに残り三人が続いてくる。全く想定外の出来事に、私とカラ松くんは揃って目を剥いた。
「ブラザー!?何でここが…」
カラ松くんの疑問には、したり顔のおそ松くんが答える。
「馬鹿め!こんなこともあろうかと、お前のポケットに小型GPSを仕込んでおいたんだ!
こんなこともあろうかと。予測していたのか、六つ子怖い。
「合コン相手は?」
「六つ子揃ってないと意味ないだろうが単細胞松!黙って途中棄権とか正気かお前は!六人で来れる時にまた連絡してねってアドレス交換したよ、ありがとね!
トド松くんに至っては、罵りたいのか感謝したいのかもうよく分からない。
「良かったね。次に繋がったんなら御の字じゃない?」
「御の字っていうか奇跡っていうか。ただ結局カラ松がユーリちゃんと二人きりで一番いい思いした気がするんだよね。それは僕的には最高に腹立つ
「分かるよチョロ松、俺もカラ松をパイルドライバーで埋めたい
──でもまぁ、とりあえずチビ太んとこで飲み直そうぜ。んで次回の作成会議!」
金もうないからツケだけど、とおそ松くんはからからと快活に笑って、それから私に向き直った。

「ユーリちゃんも行くだろ?」

当たり前とでも言わんばかりに。
六つ子全員が私に視線を投げて、返事を待つ。
そして、ユーリ、と。カラ松くんが乞うように私の名を呼んでくるから。二つあったはずの選択肢はもう一つしか残されていない。
静かな公園に吹き付ける風が、誰も乗っていないブランコを揺らした。