短編:この雨が止むまで

ぽつりぽつりと降り始めた雨は、瞬く間に土砂降りになった。

天気は曇り時々晴れの予報で、降水確率は二十%。傘の出番はなさそうですと笑顔で告げた天気予報士に裏切られた気分になるのも、致し方ない。
仕事帰りの夕刻、あとは電車に乗って自宅へ向かうだけという時間帯に雨に見舞われた。職場の出入り口で見上げた空の色から、何となく不穏な予感はしていたのに、杞憂にして見逃したのは他でもない自分だ。風が流れてくる方角の空に、鼠色のどんよりとした雲が広がっていた。頭上の青空との色濃い対比に、その後の豪雨を察する余地は十分にあったのに。
暗雲はゆっくりと、しかし確実に、私の方へと向かってきていた。


「あーあ、ついてないな」
私は肩口の雨粒を払いながら、溜息と共に独白する。雨脚が強くなる前に公園の東屋に駆け込んで事なきを得たが、さてこれからどうしよう。幸いにも雨のかからない位置に木製のベンチがあり、私は腰を下ろした。
今後の雨雲の動きを確認しようとスマホを鞄から取り出そうとした矢先、前方から足音が近づいてくる。パーカーのフードを目深に被り、泥に塗れた靴で東屋に飛び込んできた。私は反射的に顔を上げる。
「ふぅ、ギリギリだな」
フードを下ろし、露を払うように首を振った。両足にバランスよく体重をかけ、背筋を伸ばした後ろ姿から男性と分かる。
「あ、すみません、誰もいないと思ったら先客が───」
彼は振り返り、私と目が合う。

「……ユーリ?」

シルエットから、おおよその予測はついていた。パーカーの色はグレーで、見慣れたスニーカーではなかったけれど、声は間違えるものか。
「奇遇だね、カラ松くん」
カラ松くんはほんの一瞬双眸を驚きに見開いたが、すぐに笑みを浮かべる。雨粒が絶え間なく地面に叩きつけられる音は、偶然の出会いを祝福するBGMとしてはあまりにも不釣り合いに思われた。
「どうしてユーリが…」
「仕事の帰り道で雨に降られちゃって。カラ松くんは?」
「オレはバンド仲間との練習に向かう途中だったんだ」
カラ松くんの髪先から、ぽたりと水滴が落ちた。薄いグレーのパーカーは、肩口付近が特に色濃く染まっている。
「そっか。お互いタイミング悪かったね」
「そうか?まさか雨宿り先でユーリに会えるとは思ってもみなかったから、こうして会えてオレは嬉しい。
運命的な再会を祝してこの後ディナーにでも誘いたいが、先約があって残念だ」
冗談じみた軽い口調とは裏腹に、私を見つめる眼差しはどこまでも真摯だ。東屋の屋根に雨粒が当たり続けるせいで、ときどき彼の言葉を聞きそびれそうになる。
「じゃ、足止めがなくなったらバイバイだね」
「雨が降る間だけの限られた逢瀬…」
止むを得ない事情を口実にした、制限時間付きの逢引き。絶え間なく降り続ける雨が、私たちを物理的に世界から遮断する。全ての音を掻き消して。

「───ロマンチックだと思わないか?」




私はひとまず立ち上がり、鞄に入れていたハンドタオルでカラ松くんの髪と顔を拭く。パーカーで保護されていたとはいえ、髪や手は濡れそぼっている。降り始めから本降りになるまでの猶予は僅かだったから、この程度の被害で済んだのはむしろ僥倖だ。
「濡れたままだと風邪引くから」
「…ん」
カラ松くんは目を閉じ、大人しくされるがままだ。長い睫毛が伏せられて、間近で見るとなかなかどうして端正な顔立ちである。調子に乗るから決して本人には言わないけれど。
「誰も通らないな」
「急な雨だもん。天気予報信じて外出た人は、傘なんて持ってないよ」
私たちが雨宿りしているのは、いくつかの遊具が設置された、学校のグラウンドほどの広さのある比較的大きめな公園である。東屋に壁はなく、景色が360度見渡せる。
しかし見渡す限り、人っ子一人視認できない。
「ユーリもか?」
「私?」
「や、何でもない。訊くまでもないよな」
カラ松くんは肩を竦めた。

「それにしても、都会なのに、見渡す限り人の姿がない。まるでオレとハニーを残して人類が消えたような、そんな気さえしてくるな」
「するね。雨の音しか聞こえないから、余計に」
この公園は、車の往来が多い道を外れた住宅街の中にある。車のエンジン音さえ遠いせいで、余計にそう感じるのだろう。
意識して長らく見つめていれば、一人くらい人の姿を捉えることはできるに違いないが、雨が景色を霞ませる。不都合な事実に目隠しをする。
私はフッと笑う。
「本当に、そうなってほしい?」
「…ユーリ?」

「この雨が止む時に、もし私とカラ松くんしかいない世界も選べるとしたら、どっちを選ぶ?」

私と仕事どっちが大事なの、そんな不毛な詰問に似ている。何ら生産性のない問いだ。
しかし多くの場合、口にする者は模範解答を用意している。回答者がその期待に答えるか否か、それが分かれ目だ。
「フッ、センチメンタルなことを言うじゃないか、ハニー。止まない雨音のせいでアンニュイな気分になったのか?
安心しろ、例えこの広大なガイアにオレたち二人になっても、オレは──」
前髪を片手で掻き上げ、たっぷりと冗長に意味深な流し目を向ける。
演技がかった仕草から、お決まりの展開を予測した私を、彼は意外な形で裏切ってくれた。
「いや…二人はさすがに寂しいな。ブラザーたちがいて、チビ太やハタ坊、デカパンたちがいて、騒々しい毎日があって」
淡々と彼は述べる。カラ松くんが望む世界の形。

「───その中で、ユーリにも笑っていてほしい」

は、と私の口から息が漏れた。
「そうだね。カラ松くんが生き生きしているのは、むしろそっちだよね」
「生き生きしてるか?」
本人は不満そうだ。
「何かあると、目にもの見せてやるって意気込むでしょ。謀略を巡らせたり、力任せにやらかしたり」
「殺らないと殺られるからな」
殺伐とした物理的弱肉強食。
「私は、そんなカラ松くんを見てるのが楽しいよ」
「最近はハニーも当事者だぞ」
「それは嫌」
「検討の余地!」

呆れられてしまった。
六つ子との関わりにおいては、極力傍観者を決め込んでいたつもりだったが、部外者に徹するにはあまりに彼らに深入りしすぎている。だからといって、もう抜け出せない。私も共犯者だ。
「でも」
まるで他愛ない会話の続きのように、彼は緩やかに口を開く。

「もし二人だけになっても、ユーリに寂しい思いは絶対にさせない。二人で生き延びる方法を必死に探すさ」

雨はまだ止まない。


灰色のカーテンが空を覆ってから、半時間ほどが経とうとしている。ゲリラ豪雨にしては長引く雨は、地面の水溜りに波紋を作りながら拡大させていく。このままではマンホールから水が溢れやしないかなんて、不要な心配をしそうになる。
「とりあえず座ろうか」
空の色から推察するに、当面止む気配はなさそうだ。雨を凌ぐ術が他にないのなら、せめて心は乱されることなく過ごしたい。
東屋の屋根から落ちた滴は、私たちが立つアスファルトをしっとりと濡らしていた。そんな足元の不安定さに気が付かなかったのは私の落ち度だ。油断していた。
踵を返してベンチに向かった拍子に───足を滑らせる。
「あ」
東屋の天井が視界に映る。咄嗟に伸ばした右手は虚空を掴み、頭が真っ白になった。

「ユーリ!」

呼び声を認識すると同時に、カラ松くんの腕が私の背中に差し込まれる。体重の大半が彼の腕に落ち、私は片足を宙に浮かせた格好になった。
「ご、ごめ──」
「無事か?」
「うん…ありがと、危なかった」
危うくびしょ濡れの地面に尻もちをつくところだった。
礼を述べて体勢を整えようとするが、カラ松くんがそれを許さなかった。私が身じろぎするより先に膝裏にも手を差し入れ、抱きかかえてスッと立ち上がる。いわゆるお姫様抱っこである。
「か、カラ松くん!自分で歩けるからっ」
「ドンビーシャイだぜ、ハニー」
私の拒否をもろともせず、彼は口角を上げた。両腕にかかる荷重など大したことではないと、涼しげな彼の表情が物語る。その証拠に、私を抱いたまま腕は微動だにしない。カラ松くんの顔が鼻先に近づく。

「オレたちの他には、他に誰もいないんだ」

よく通る声だった。

「雨がカーテン代わりになって、オレたちを隠してる。仮にここでオレたちがキスをしようとも、誰が気付くと思う?」

もし私とカラ松くんしかいない世界も選べるとしたら。先程叩いた軽口がリフレインする。駆け引きと呼ぶには稚拙すぎる質問だった。私は彼に何を期待していたのだろう。
「雨の音は、甘い睦言も掻き消してくれる?」
両腕をカラ松くんの首に巻き付け、囁くように問う。
「おあつらえ向きにな」
「歯の浮くような台詞だね」
お互いに。
「ロマンチストは嫌いか?」
「嫌いなら、カラ松くんと一緒にいないよ」
いつもなら笑って受け流す口説き文句を、今は両手で受け止める。湿気を孕んで心身共に鬱屈とさせる雨が、物理的に二人だけの空間を作り上げることで、甘美なシチュエーションへと姿を変える。何事も受け止め方次第なのかもしれないと、思考が脇道に逸れた。
「使い古された言い回しだけじゃ、ユーリに伝えたいことの半分も伝えられないんだ。だからいつも言葉を探してる。
ジャストフィットなワードにまだ出会えてないけどな」
「いつか見つかりそうかな?」
「質が足りないなら、量で補うだけだ」
どういう意味かと私が首を傾げると、彼はくすりと笑った。

「これから先何十年とかけて、ユーリに伝え続ければいいだけの話だ」

いまわの際には見つかるだろうか。それとも、彼が口にしたように、年がら年中溢れんばかりの言葉で埋め尽くす心積もりか。
いずれにせよ──
「貰うばかりなのは性に合わないから、私もお返ししなきゃね」
「ハニー…」
「一方通行なんて言わせないから」
カラ松くんが破顔する。声を立てずに、けれど心底嬉しく感じているのが傍目にも分かるくらいに顔をくしゃっとさせて笑う。




「オレは別に濡れてもいいんだ」
お姫様だっこから解放された私は、カラ松くんと並んでベンチに座る。
「今日はギターを持ってきてないし、服もこの通り安物だ。とりあえず雨宿りしてはみたものの、びしょ濡れになったまま練習に行ってもいいし、踵を返して帰ってもいい──傘は必要ない」
雨はカラ松くんにとって進行を妨げる障害にはならない、そう言いたいのだろう。傘が必要ないなら、雨宿りだって不要だ。雨が止むのを待つ理由が、彼にはない。
その言葉が真意ならば、この現状は矛盾している。
「じゃあ、どうして…」
私と共に雨宿りなんてしているのか。
「ユーリなら分かってるだろ?」
彼は組んだ足の膝上に頬杖をついて、いたずらっぽく微笑む。
「それとも───オレの口から言わせたいか?」
私は天を仰いだ。東屋の古びた天井が視界を埋める。
「分かってる、と思う……私の勘違いでなければ、だけど」
「オレとハニーは以心伝心だ。ゴッドに誓おう、合ってないなんてことはないさ」
何を根拠にしたら、それほど自信満々に断言できるのだろう。
しかし私にも、おそらく間違いないという不思議な確信があった。明確な言葉として表現しないだけで、私たちは互いの思いを言外に匂わせている。相手が察することを願いながら、態度や目線にヒントを散りばめて。

「早く雨が止めばいいね」
鞄の中のスマホが誰かからのメッセージ着信を振動で告げたが、私は見て見ぬフリをする。
終わりを知った瞬間に、全てが無粋になってしまう。
「オレはしばらく降り続けばいいのにと思ってるぞ」
「ご飯作る時間遅くなるのは困るなぁ」
「外食かテイクアウトにすればいい。時間は有限だ、たまには楽をしたってバチは当たらないだろ」
「カラ松くんと雨宿りっていう予想外のラッキーがあったから、残りの時間は頑張りたいんだよね」
視界が白濁するほどの豪雨との遭遇を差し引いても、十分にお釣りが来る。偶然出会い、砂糖菓子みたいな甘い言葉を交わして、肌が触れた。
「ハニー」
カラ松くんは私を呼ぶ。

「前言撤回しよう。オレは、このまま雨が止まなければいいと願ってしまいそうだ」

私は微笑む。
本当に、雨なんてとっとと止んでほしい。このまま降り続ければいいと、無意識に望んでしまわないうちに。


遠くの空模様を確認するために立ち上がろうとしたら、腕が鞄に当たって床に落ちる。
「大丈夫か?」
カラ松くんが腰を屈めて拾い上げる。チャック全開のまま放置していたため、危うく中身が飛び出してしまうところだった。
「あ、ごめん。ありがとね」
「気をつけるんだぞ。せめてチャックは───」
穏やかな注意は最後まで紡がれることなく、カラ松くんは息を呑んだ。瞠られた瞳は鞄の中身を凝視する。
「ユーリ…これは……」

開いた鞄から、折り畳み傘の柄が覗いていた。

鮮やかな色合いのそれは、無難な布地とは対照的で一際目を引く。
「壊れてるの」
私はカラ松くんから目を逸らさずに、平然と告げる。丁寧に折り畳まれた傘の柄には微細な傷もなく、どう見ても買って間もない新品だ。
「ユーリ…」
「疑うなら、試してみてもいいよ」
事実は一つしかない。
しかし真偽が確認されるまでは、仮説は数多に存在する。考えうる全ての選択肢が事実であり得るのだ。
カラ松くんは僅かに震える右手を鞄の中に差し入れようとして──止めた。
「そうか…壊れてるのはトゥーバッドだな」
「使えないから荷物だしね」
「早いうちに新しいのを買うんだぞ、ハニー。折りたたみがないのは不便だろ?」
「そうするよ」
落下した拍子についた砂埃を手で払い、カラ松くんが私に鞄を差し出したので、素直に受け取った。
ゲリラ豪雨の多発する時期は、極力折り畳み傘を持ち歩くようにしている。特に仕事の行き帰りはスムーズな移動を必須とするから、雨で足止めされるリスクを潰すためだ。

カラ松くんは私に背を向けて、東屋の軒先に立った。
「いつまで降るんだろうな、この雨」
「ゲリラ豪雨だから、長くても一時間くらいじゃないかな。少なくとも、台風の目みたいに止む瞬間はあるはず」
当初に比べ、雨脚は弱まったような気がする。梅雨の雨雲のように一日中しとしとと続くものではなく、局地的に豪雨をもたらすが、雲が去れば晴天になることも多い。

スマホで答えは確認しない。天気予報アプリで雨雲の動きを見れば一発だけれど、充電が切れているに違いない。不運というのは続くものだ。

「なぁ、ユーリが何を考え、今この状況をオレと過ごしてるのか、訊いてもいいか?」
訊くか訊くまいかの躊躇が垣間見える、抑えられた音量だった。聞こえなかったフリは、きっとできた。そうしたところで彼は追求せず、話題を変えただろう。
「訊くまでもないと思うよ」
口元に手を当て、ふふ、と笑う。
「カラ松くんと同じだから」
趣向返しだ。
「何を根拠に──」
「根拠はないけど、答え合わせしたら野暮になるかな」
どの口がそれを言うのかと、私は危うくツッコミを入れそうになる。
カラ松くんは相変わらず、自分に向けられる感情の機微についてはてんで疎い。そういうところが可愛くて仕方ないのだけれど。

再び私の隣に座ったカラ松くんの手に、私は自分の手を重ねる。

「こういうこと」


「ユーリ…」
少し動けば肩が触れ合う距離、並んだ目線。黒目に私を映すカラ松くんの顔が徐々に近づいてくる。予定調和みたいに、私は目を閉じた。
カラ松くんのもう一方の手が私の腕に優しく添えられ、そして───

「あ」
声を上げたのは、カラ松くんだった。
何事かと目を開けると彼の顔がすぐ眼前にあり、驚きに一瞬息を止めてしまうが、すぐに異変を悟る。

雨音が消えた。
太い針金のような雨は視界から消滅し、軒先からぽたりぽたりと落ちる滴に変わる。地面に広がった水溜りに、公園の景色が反射する。
「…タイムリミットのようだ」
名残惜しそうに腕が離れた。
「いつの間に…」
止む気配に気付かなかった。遠くの空には青空も覗く。
雨止んだねー、とはしゃぐ子供たちの声がどこからともなく聞こえてきたと思ったら、彼らは長靴で道を走り抜ける。水しぶきで靴が汚れるのも構わず、全速力で。
世界に人が戻る。
「帰るだろ?途中まで送る」
「待ち合わせの時間には間に合いそう?」
「駅の公衆電話で詫びを入れておく。オレが携帯を持ってないのは、あいつらも知ってるからな」
「じゃ、お言葉に甘えよっかな」
立ち上がり、鞄を肩に掛ける。公園内でもちらほらと人が散見されるようになってきた。今までどこに隠れていたのか気にかかる。

「ちょっと残念」
私が唇を尖らせると、カラ松くんから冷たい視線が飛んでくる。
「フッ、いじらしいことを言うじゃないか───というか、ハニーにそういうことを言われると自制が効かなくなるから、覚悟がないなら控えてくれ」
覚悟。何を今更と、私は内心で失笑する。そんなものは、もうとっくに。
「カラ松くんだけだと思う?」
わざとらしく上目遣いで問えば、カラ松くんは顔を赤く染める。
「だ、だからっ、ユーリ…っ」
ああもうと、彼は片手を自分の髪に差し込んで乱暴に掻き回した。
しかし次の瞬間キッと私を睨みつけ、両肩を強く抱く。
「練習が終わったらすぐに会いに行く」
「うん、待ってる」
「オレが終電逃してもオレのせいじゃないからな。あと、優しくできなくても文句言うなよ」
「明日仕事行ける程度に手加減してもらえるならいいよ」
真摯な眼差しに軽快な口調で答えるのは失礼だろうかなんて懸念がよぎったが、どうか察してくれと相手に責任を押し付ける。
冗談めいた語り口とは裏腹に、私も意外と真剣なのだ。真っ向から向き合っている。

「…チャーミングが過ぎるぞ、ハニー」

彼が眉根を寄せて不平を露わにしたのは一瞬で、紡がれる言の葉はどこまでも穏やかだった。
「雨のせいじゃない?」
「そうだな、オレもそう思う。意味もなく鬱々とした気分になるのはトゥーバットだ」
「誰かに甘えたくもなるのも、同じ理由かもね」
「そこは外的要因じゃなく、ユーリの願望だと言ってほしいところだ。あと、その言い方だと相手は誰でもいいように聞こえる」
言葉尻を捉えてケチをつけないでほしいが、確かに私の言い方も少々他人事だった。
「ごめんごめん」
私は目を細める。

「私のお相手は言わなくても分かってるもんだと思ってたから」

途端にカラ松くんの目尻に赤みが広がった。
「…オレで遊んでるな?」
「あ、バレた?」
「分からいでか」
口調こそぶっきらぼうだったが、横目で窺った彼の顔には笑みが広がっていて、私は視線を正面に戻した。足を踏み出したら、水を吸った土がぴしゃりと湿った音を立てる。



全部全部、雨のせい。